高校入試から数日後に、卒業式がある。
 聞いた話だと、合格発表後にしてしまうと、よくない結果の生徒が気まずさを感じ、来なくなってしまうから、らしい。

 ちなみに、二年と三年は咲乃との思い出しかなく、友との別れに涙するようなことはなかった。
 といっても、私が咲乃ばかり構っていたことから、同級生の友人は佑真しかいないが。

 それもあって、余計に私の感情は冷めていた。
 失礼な話、欠伸をしてしまうくらい、退屈な時間だった。

「玲ちゃん、卒業おめでとう」

 クラスごとの最後の学活が終わり、教室を出ると、咲乃は廊下にいた。笑顔で祝ってくれている。

 ついさっきまで卒業などどうでもいいと思っていたが、こうして祝われると、嬉しいものだ。

「ありがとう。先に高校で待っているからな」

 もしかしたら、落ちているかもしれないという心配は、私にはなかった。
 進学校に通うつもりで勉強していたのだから、不良校など、楽勝でしかないのだ。

 しかしそれに対する、咲乃の笑顔に違和感があった。
 ついさっきまで、いつもの可愛い咲乃だったというのに、急にその笑顔に影が落ちた。

「咲乃、どうした? なにかあったのか?」

 私が聞くと、咲乃はまるでなにもなかったかのように、元の笑顔に戻した。

「一年、玲ちゃんと同じ学校に通えないんだなって思ったら、寂しくなっただけだよ。そんな、心配そうな顔しないで」

 その理由が可愛らしくて、私は思いっきり、咲乃を抱きしめた。
 咲乃の困惑する声が聞こえる。

「私も寂しいが、ここはお互いに我慢しよう」

 咲乃は強く抱き締め返してくれた。

「こんなところで抱き合っていたら、周りの迷惑だよ。ほら、二人とも離れて」

 まだ咲乃が足りていないのに、佑真に邪魔されてしまった。
 しかし、通行の邪魔になっていたのも事実だ。ここは大人しく、佑真の言うことを聞いておこう。

「玲ちゃん、クラスの人たちが打ち上げに行くって言ってたけど、どうする?」
「興味ない。そんなところに行くくらいなら、咲乃と帰る」

 そう言うと、佑真は一瞬、険しい顔をした。
 見たことない顔で、見なかったことにはできなかった。

「佑真?」

 名前を呼んだことで、現実に戻ってきたらしい。

「ごめん、なにか言った?」
「いや、なにも。ただ顔が怖かったのでな」

 佑真は両手で頬をほぐしている。どうやら無意識だったらしい。

「じゃあ僕は打ち上げに参加するから、二人とも。気をつけて帰ってね」

 そのまま佑真は笑顔を取り繕い、教室に戻った。

「なんか様子が変だったと思わないか?」

 佑真が入っていったドアを見たまま、咲乃に問いかけるが、返事がない。見ると、真剣な表情をして、私と同じ方向を見ていた。

「咲乃、佑真と」

 なにかあったのか、と聞こうとして辞めた。すでに一度聞いていることだ。 また同じような答えが返ってくるに決まっている。

「帰るか」

 私に意識を向けてくれない咲乃の手を握ると、咲乃は驚いた表情をした。
 当然、その反応も可愛らしかったが、その後の照れ笑いもいい。

 そんな、すべてが可愛い咲乃と一緒に、私は中学校の校門をくぐった。



 合格発表の日、私の心にはかなりの余裕があった。
 むしろ、見に行く必要があるのかレベルで、余裕だった。

 それでも、一応行っておかなければならないらしく、のんびりとした気分でこの春から通学路になるであろう道を歩いた。

 不良校でも、きちんと貼り出して合格発表を行うらしいが、まともに来ている生徒はほとんどいなかった。
 掲示板まで容易に行けてしまう程度の人しかいない。

 受験のときはそれなりに人がいたと記憶しているが、皆、合否には興味がないらしい。

 私の番号は、当然のようにあった。
 それを確認すると、その場を離れる。

 この、体の奥から込み上げてくる喜びを感じるに、私はそれなりに緊張していたようだ。

 まあ、それも無理ないか。
 落ちれば咲乃との学校生活が送れないどころか、通う高校がないのだから。

 中学校には、走って行った。もちろん、少しでも早く咲乃に報告するためだ。

 受験勉強中心の生活を送っていたせいで、私の体は全力疾走に耐えられなかった。
 肩で息をするほどに、つらかった。

 それでも足を止めなかったのは、咲乃に会いたいという気持ちが強かったからだ。

「どうした、和多瀬。そんなに急いで」

 卒業してから一週間程度しか経っていないから、校舎にも元担任にも懐かしさなど感じない。

「中村先生、今すぐ咲乃に会いたいのだが」

 先生が話しかけてきたときには、ある程度息を整えられていた。

 急いでいた理由を知った先生は、呆れたような顔をした。いや、苦虫を噛み潰したような顔だろうか。
 咲乃以外の人は割とどうでもよかったから、先生の表情の変化が何を表しているのか、わからなかった。

「あのな、和多瀬」

 先生の声は小さかった。
 そして、まったく予想していなかった言葉が続けられた。

白雪(しらゆき)は卒業式の三日後に、亡くなった」