そこは相変わらず暗闇に包まれていた。

「ごめんね、玲ちゃん……ごめんなさい……」

 小さな光があり、その中心で咲乃が謝っているのだって、変わっていない。

 変わったことがあるとすれば、私自身だ。

「そんなに泣かないでくれ、咲乃」

 咲乃のそばに寄り、話しかけられるようになっていた。

 私がそっと背中に触れたことで、咲乃は顔を上げた。私を見ると、咲乃はさらに泣いてしまった。

「泣かないでくれって言ったのに」

 咲乃が落ち着くまで、私は咲乃の背中をさすった。
 泣きじゃくる咲乃は私が知っている咲乃で、微笑ましかった。

「もう、なんで笑うの」

 笑っていることに気付かれ、咲乃は私の胸を叩いた。

「咲乃が可愛いから」
「なにそれ」

 呆れた表情の中に、私が好きな笑顔がある。

 やっと笑ってくれた。
 それが本当に嬉しくて、私のほうが泣いてしまった。

「玲ちゃんも泣いてる」

 咲乃は私の頬に触れ、涙を拭ってくれる。

 だが、その指先が冷たいような気がして、涙が止まった。

 驚く私を見て、咲乃が不思議そうな顔をする。

「ごめん、なんでもないから気にするな」
「なんでもないってことはないでしょ。どうしたの?」

 そう言っても、咲乃は引いてくれない。

 咲乃が死んでいるのだと実感した、などと本人に言えるものか。
 これはもう、話題を逸らすしかない。

「そんなことより、新城に会ったよ」

 新城の名前を出すと、咲乃は頬を赤く染めた。

 名前だけでこれだけ照れるとは、相当好きなんだな。

「新城さん、かっこいいでしょ」
「どうだろう。私にはわからなかった」

 きっぱり言うと、咲乃は不服そうにした。

 また可愛いからと頭を撫でると怒られるような気がして、我慢する。

「私と玲ちゃんの好み、合わないのかもね」
「男の取り合いをしなくて済むから、いいだろう」

 咲乃はたしかに、と言って笑う。

「でもやっぱり、玲ちゃんにも新城さんのこと、好きになってほしいよ」
「別に嫌いとは言っていない。かっこいいかどうかわからなかっただけだ」

 咲乃は嬉しそうにした。

 こんな顔をして、新城に私のことを話してくれていたのかと思うと、喜びでどうにかなりそうだ。

「新城はいい奴だが、新城の友達の藤も井田もいい奴らだったよ」

 藤と井田の話題になると、咲乃の表情が曇った。

 本当に二人のことが嫌いだったのか。

 どう声をかけようか迷っていたら、咲乃が急に髪をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。

 あまりにも突然な行動に、ますます混乱する。

「本当は玲ちゃんにこんなところ見せたくなかったんだけど、新城さんのお友達と会ったってことは、もう知ってるんだよね」

 咲乃が嫌がることはしたくなかったが、ここで嘘をつくこともできず、私は頷いた。

「新城さんのお友達だから、いい人なのは当たり前なんだよ。それはちゃんとわかってた。でも、どうしても否定されるのが嫌で、仲良くできなかった」

『あの子は不器用だった』

 咲乃の姿を見て、内田先生の言葉を思い出した。

 まさか、ここまでとは思っていなかった。

「否定していたのは、夢原だけだろう」
「あの人にも会ったの?」

 藤たちの名前を聞いたとき以上に、複雑そうにした。

「夢原は新城のことがずっと好きだったらしい。だから、新城と付き合った咲乃のことが気に入らなかった」

 夢原のあの態度の理由を言っても、咲乃はまだ苦しそうだ。

「だったら、そう言ってほしかった。私も好きだから取らないでって。そしたら私、ちゃんと勝負したもん」

 夢原は咲乃と別れろというようなことばかり言っていたと聞く。

 だから、拗れたのか。

「藤たちにも反対されていると思っていたと聞いたが?」
「それは……あの人の味方に見えたから……」

 そうか。暴走する夢原を止めていたのは、井田と藤だ。咲乃が勘違いするのも無理ない。

「新城さんのお友達と仲良くできなかったから、新城さんに嫌われてたのかもしれない……」

 咲乃の感情がネガティブになり始めた。

「そんなことはない」

 否定しても、聞いてくれない。

 新城とは会って数日しか経っていないから、私の言葉が信じられないのかもしれない。
 だが、詳しく説明すれば、信じてくれるだろう。そう思って、私が感じたことをすべて伝える。

「新城は、咲乃がいない現実が受け止められなくて、ずっと現実逃避をしていたような奴だ。咲乃のために、やめていた暴力を振るおうとしていた。新城は、ちゃんと咲乃のことが好きだった。その気持ちを、疑ってやるな」

 咲乃を励ますためとはいえ、なぜ私がこんなことを言わなければならない。
 自分で決めたはずなのに、そう思ってしまった。

「ありがとう、玲ちゃん」

 しかしこれで咲乃に笑顔が戻ったのだから、私の気持ちなどどうでもよかった。

「でも私、ちゃんと知ろうとしたんだよ。新城さんのお友達のこと」

 褒めてと言っているように見えたから、咲乃の頭を撫でる。

 そういえばそうだ。
 新城が、夢原抜きで会わせようとしていたと言っていた。

 その約束をした日に、階段から落ちてしまったのだと。

「玲ちゃん、暗い顔してどうしたの?」

 佑真のことを思い出したから、笑顔を作れなくなっていたのだろう。

 ここでなんでもないとは言えなかった。

「咲乃……佑真とのことも、聞いたのだが」