空の色は酷かった。
穏やかで青かった空は、淀んだ雲に覆われている。
新城は塀に近寄り、私は屋上の中央から動けなかった。
「雨、降りそうだな」
新城の世間話に付き合う余裕などなかった。
「咲乃のこと、どうして言った」
いつか言うのだろうとは思っていた。
だが、このタイミングだとは思わなかった。
「ちゃんと咲乃の死を受け入れようと思ったんだ。和多瀬が必死に咲乃の死と向き合ってるのに、いつまでも逃げていたらかっこ悪いだろ」
直接的な表現に、耳を塞ぎたくなる。
それくらい、私はまだ現実を受け止めきれていない。新城が思っているほど、私は向き合えていない。
「行ってきたんだろ。中学校」
新城は振り向き、真剣な表情で言った。
「なにか、わかったか?」
首を横に振る。
「咲乃が誰にでも笑顔を見せる天使ではなかったということしか、わからなかった」
「それはすでにわかっていたことだな」
その通りだ。
形は違えども、咲乃が笑顔を見せない相手がいることは、新城の話で知っていた。
本当に、中学校ではそれ以上の情報は得られなかった。
「じゃあ、なにが思い浮かんだ?」
言えない。
言えば、より真実味を増してしまうような気がして、言えない。
言いたくない。
嫌だ。
だって、こんな、嘘みたいな話。
それに、私はもう、誰かを疑いたく……
「和多瀬」
いつの間にか新城は目の前に立っていて、私の両肩に手を乗せた。
そのとき、まともに息ができていなかったことに気付いた。
頬に水が落ちる。
泣いているのか、雨が落ちてきたのか、自分ではわからなかった。
「落ち着け。無理に聞いたりしないから」
さっきも、中村先生に似たようなことを言われた。
でも、あのときとはわけが違う。
今回は言えない。
申しわけなさが勝って、新城の顔が見れない。
強くなり始めた雨のせいで、服が重くなる。
「とりあえず、保健室に行って拭くもの借りよう。風邪引くから」
新城に背中を押されて、校舎に入る。
授業が始まっていたみたいで、廊下にはほとんど人がいなかった。
「先生、タオル貸して」
新城が先に入る。
「そんなにずぶ濡れでどうしたの」
「内緒」
新城は私の頭にタオルを乗せた。
遠慮なく、髪の毛を拭かれる。首が動き、足元が覚束なくなる。
「やめろ」
新城を突き放し、タオルを首にかける。
新城は笑っている。
「貴方たち、雨の中で遊んだりしてないわよね? いくら自由な学校でも、そんなこと」
「話してたら雨が降ってきただけ。そんなバカなことはしない」
新城が言ったそれは、嘘ではなかった。
それでも先生は疑いの目を向けてきたから、私は目を逸らした。
やましいことはなにもないのだから堂々としておけばよかったのだろうが、今は誰かと話す気力などなかった。
「和多瀬、体操服持ってきてるか?」
どうしてそんなことを聞くのかわかっていないまま、頷く。
「じゃあ俺、取ってくるから、和多瀬は休んでて」
新城は髪を拭きながら、出ていった。
先生と二人きりになるのは気まずかったが、先生はなにも聞いてこなかった。
近くにあった丸椅子に座り、新城が戻ってくるのを待つ。
酷くなりつつある雨の音。
先生がなにかを書いている音。
授業をしている先生の声。
規則正しく動く時計の針。
たくさんの音が溢れている。
目を閉じて耳に集中するが、暗闇になったせいか、涙が落ちた。
考えたくないと逃げていたことが、頭に浮かぶ。
顔を隠し、静かに涙を落とす。
「和多瀬」
戻ってきた新城に肩を叩かれ、顔を上げた。
きっと、酷い顔をしていることだろう。
「ごめん……ありがとう」
体操服を受け取り、ベッドのほうに移動する。
カーテンを閉め、濡れて重くなった服を脱ぐ。
「和多瀬。やっぱり話せよ」
無理に話さなくてもいいと言っていたくせに、力強く言われた。
しかし私は、話そうと思えなかった。
「言いたくないことがあるのはわかるけどさ。俺は、お前がなにをしようとしているかを知ってる。和多瀬は、一人で苦しまなくてもいいんだ」
一度壊れた涙腺は、とても緩かった。
泣きながら着替えたから、結構時間がかかった。
体操服になって、カーテンを開ける。
新城は私を見て、口角を上げた。
「少しはマシな顔になったな」
どれだけ酷い顔をしていたのか、聞かなくとも想像できる。
話す決意は固まった。
だけど、私と新城以外の人がいるところで話したくはなかった。
「先生、タオル助かった」
新城は先生にタオルを返しては保健室を出た。私は頭を下げて、新城を追う。
さっきから、新城に助けられてばかりだ。
新城がいなかったらと思うと、ぞっとする。
新城は来た道を戻っているようだったが、さすがに屋上には出なかった。私たちはドアの前に座り、話をすることにした。
「私には、幼なじみがいるのだが……私は、佑真が、そいつが、なにか関係しているのではないかと思ったのだ」
新城は口を挟まない。
ゆっくりと、だが確かに話を進めていく。
「佑真はときどき、私が咲乃を優先することを、よく思っていないような態度を見せていた」
咲乃に迷惑をかけたら嫌われると言ってきたり、自分のことも好きかどうか確かめてきたり。
どうしてそんなことを言ってくるのか、いつも不思議だった。
でも、昔の私はまったく気にしなかった。
「佑真はきっと、私が咲乃第一に動くのが、嫌だったのだと思う」
思い当たる節があるから、これはほぼ間違いないだろう。
「だがおそらく、佑真が咲乃をよく思っていなかったのは、それだけが理由ではない」
もしたったそれだけのことで咲乃を嫌っていたのであれば、佑真は二年近く我慢していたことになる。
あれほどわかりやすい奴が、そこまで我慢強いとは思えない。
穏やかで青かった空は、淀んだ雲に覆われている。
新城は塀に近寄り、私は屋上の中央から動けなかった。
「雨、降りそうだな」
新城の世間話に付き合う余裕などなかった。
「咲乃のこと、どうして言った」
いつか言うのだろうとは思っていた。
だが、このタイミングだとは思わなかった。
「ちゃんと咲乃の死を受け入れようと思ったんだ。和多瀬が必死に咲乃の死と向き合ってるのに、いつまでも逃げていたらかっこ悪いだろ」
直接的な表現に、耳を塞ぎたくなる。
それくらい、私はまだ現実を受け止めきれていない。新城が思っているほど、私は向き合えていない。
「行ってきたんだろ。中学校」
新城は振り向き、真剣な表情で言った。
「なにか、わかったか?」
首を横に振る。
「咲乃が誰にでも笑顔を見せる天使ではなかったということしか、わからなかった」
「それはすでにわかっていたことだな」
その通りだ。
形は違えども、咲乃が笑顔を見せない相手がいることは、新城の話で知っていた。
本当に、中学校ではそれ以上の情報は得られなかった。
「じゃあ、なにが思い浮かんだ?」
言えない。
言えば、より真実味を増してしまうような気がして、言えない。
言いたくない。
嫌だ。
だって、こんな、嘘みたいな話。
それに、私はもう、誰かを疑いたく……
「和多瀬」
いつの間にか新城は目の前に立っていて、私の両肩に手を乗せた。
そのとき、まともに息ができていなかったことに気付いた。
頬に水が落ちる。
泣いているのか、雨が落ちてきたのか、自分ではわからなかった。
「落ち着け。無理に聞いたりしないから」
さっきも、中村先生に似たようなことを言われた。
でも、あのときとはわけが違う。
今回は言えない。
申しわけなさが勝って、新城の顔が見れない。
強くなり始めた雨のせいで、服が重くなる。
「とりあえず、保健室に行って拭くもの借りよう。風邪引くから」
新城に背中を押されて、校舎に入る。
授業が始まっていたみたいで、廊下にはほとんど人がいなかった。
「先生、タオル貸して」
新城が先に入る。
「そんなにずぶ濡れでどうしたの」
「内緒」
新城は私の頭にタオルを乗せた。
遠慮なく、髪の毛を拭かれる。首が動き、足元が覚束なくなる。
「やめろ」
新城を突き放し、タオルを首にかける。
新城は笑っている。
「貴方たち、雨の中で遊んだりしてないわよね? いくら自由な学校でも、そんなこと」
「話してたら雨が降ってきただけ。そんなバカなことはしない」
新城が言ったそれは、嘘ではなかった。
それでも先生は疑いの目を向けてきたから、私は目を逸らした。
やましいことはなにもないのだから堂々としておけばよかったのだろうが、今は誰かと話す気力などなかった。
「和多瀬、体操服持ってきてるか?」
どうしてそんなことを聞くのかわかっていないまま、頷く。
「じゃあ俺、取ってくるから、和多瀬は休んでて」
新城は髪を拭きながら、出ていった。
先生と二人きりになるのは気まずかったが、先生はなにも聞いてこなかった。
近くにあった丸椅子に座り、新城が戻ってくるのを待つ。
酷くなりつつある雨の音。
先生がなにかを書いている音。
授業をしている先生の声。
規則正しく動く時計の針。
たくさんの音が溢れている。
目を閉じて耳に集中するが、暗闇になったせいか、涙が落ちた。
考えたくないと逃げていたことが、頭に浮かぶ。
顔を隠し、静かに涙を落とす。
「和多瀬」
戻ってきた新城に肩を叩かれ、顔を上げた。
きっと、酷い顔をしていることだろう。
「ごめん……ありがとう」
体操服を受け取り、ベッドのほうに移動する。
カーテンを閉め、濡れて重くなった服を脱ぐ。
「和多瀬。やっぱり話せよ」
無理に話さなくてもいいと言っていたくせに、力強く言われた。
しかし私は、話そうと思えなかった。
「言いたくないことがあるのはわかるけどさ。俺は、お前がなにをしようとしているかを知ってる。和多瀬は、一人で苦しまなくてもいいんだ」
一度壊れた涙腺は、とても緩かった。
泣きながら着替えたから、結構時間がかかった。
体操服になって、カーテンを開ける。
新城は私を見て、口角を上げた。
「少しはマシな顔になったな」
どれだけ酷い顔をしていたのか、聞かなくとも想像できる。
話す決意は固まった。
だけど、私と新城以外の人がいるところで話したくはなかった。
「先生、タオル助かった」
新城は先生にタオルを返しては保健室を出た。私は頭を下げて、新城を追う。
さっきから、新城に助けられてばかりだ。
新城がいなかったらと思うと、ぞっとする。
新城は来た道を戻っているようだったが、さすがに屋上には出なかった。私たちはドアの前に座り、話をすることにした。
「私には、幼なじみがいるのだが……私は、佑真が、そいつが、なにか関係しているのではないかと思ったのだ」
新城は口を挟まない。
ゆっくりと、だが確かに話を進めていく。
「佑真はときどき、私が咲乃を優先することを、よく思っていないような態度を見せていた」
咲乃に迷惑をかけたら嫌われると言ってきたり、自分のことも好きかどうか確かめてきたり。
どうしてそんなことを言ってくるのか、いつも不思議だった。
でも、昔の私はまったく気にしなかった。
「佑真はきっと、私が咲乃第一に動くのが、嫌だったのだと思う」
思い当たる節があるから、これはほぼ間違いないだろう。
「だがおそらく、佑真が咲乃をよく思っていなかったのは、それだけが理由ではない」
もしたったそれだけのことで咲乃を嫌っていたのであれば、佑真は二年近く我慢していたことになる。
あれほどわかりやすい奴が、そこまで我慢強いとは思えない。