目覚まし時計の機械音に眠りの邪魔をされ、重い瞼を上げながら温もりの中から渋々手を伸ばし、時計の頭を叩き押す。
布団から手を伸ばしたことで、部屋の中がどれほど寒いのかがよくわかった。
とてもではないが、布団から出ようとは思えない。
頭に響く機械音を止めると、再び手を布団の中に潜らせる。
しかし暖かい布団から出たくないと思っていても、時間が迫ってくれば嫌でも出なければならない。
目覚まし時計が鳴るのは、出発の四十五分前。私が支度を整えるのに丁度いい時間だ。
つまり、二度寝をすれば遅刻してしまう。
のっそりと体を起こして床に足をつけるが、頭が眠っている。
動く気力がない。
するとノックの音がし、返事をする前にドアが開いた。
「玲ちゃん、おはよう。やっぱりまだ布団の中だね」
顔を覗かせたのは、隣の家に住む幼馴染、相田佑真だった。
佑真は部屋に入ってくると、私の腕を掴んで引っ張る。
だけど体がベッドに引っ付いているのではないかと思うほど、私は動かなかった。
「もう、早く準備しないと、咲乃ちゃんが来ちゃうよ」
佑真は呆れながら言う。
しかしその名を聞いた瞬間、私は立ち上がった。
それなりの力で引っ張っていたらしく、佑真はバランスを崩し、尻もちをついた。
「ドジだな、佑真は」
「納得いかない」
佑真は私を見上げて睨むが、まったく怖くない。
それどころか可愛らしく思え、頬が緩む。
「さて、早く準備をするぞ。咲乃を待たせるわけにはいかないからな」
「それさっき僕が言ったことだよ」
なにを怒っているのか知らないが、佑真は乱暴にドアを閉めて、部屋を出て行った。
一人になった私は、寝間着を脱ぎ、壁にかけていた制服を手に取る。
セーラー服に袖を通し、スカートを履くと、洗面台に向かう。
顔を洗い、ぼさぼさの髪に櫛を通す。
ある程度整うと、食卓に向かった。
そこには当たり前のように佑真が座っている。
「おはよう、玲。ごはんできてるよ」
母さんはコーヒーを飲みながらそう言うが、食卓テーブルの上に並んでいるのは、昨日私が作った晩ご飯だ。
母さんはきっと、並べただけ。
そうわかっていても気付かないふりをするのは、もう当たり前のことだ。
立ったままインスタントの味噌汁に手を伸ばし、一口、喉に通す。
着替えたり顔を洗ったりする間に冷えた体の中に、暖かい液体が、その存在を主張しながら入ってくる。
「玲ちゃん、お行儀悪いよ」
佑真に注意されるが、素直に受け止めることができない。むしろ、腹立たしく思える。
ここはお前の家ではないと言ってやりたかったが、今さら感があるので、やめておく。
「今日は食べたくない気分なんだ」
図々しく夕飯の残りを食べている佑真に返すと、私は部屋にカバンを取りに行く。
まだカーテンが開けられていなくて、部屋はその隙間から朝日の光が差し込んでいるだけだった。
ドア付近にあるカバンを持ってそのまま出ようと思っていたが、部屋の奥まで足を踏み入れ、勢いよくカーテンを開けた。
眩しい光が、視界を刺激する。
その光に目が慣れてきて窓の外を見ると、玄関のそばで手袋をつけているのに、手を擦り合わせながら息を吐きかけている少女がいた。
それが誰かすぐにわかり、部屋を飛び出す。
無駄に足音を立てながら廊下を進み、靴を履く。
「行ってきます」
母さんや佑真の姿は見えないが、部屋に呼びかける。
母さんのいってらっしゃいという緩い声を聞いて、ドアノブに手をかける。
「玲ちゃん、もう行くの?」
佑真は慌てて玄関にやって来た。
「天使が寒い中、待っているからな」
私は佑真の支度が整うのを待たずに、外に出た。
冷気が頬を撫でる。暖房の効いた部屋にいたから、余計に冷たく感じる。
ドアを閉めて中に戻りたいと思ったが、ドアが開いたことに気付いた少女が振り返ったことで、足を踏み出した。
咲乃は私を見付けると、笑顔を見せた。
まだ冬だというのに、咲乃のところだけ春が来ているようだ。
「おはよう、玲ちゃん」
「おはよう」
咲乃に挨拶を返していたら、後ろでドアが開く音がした。
「おはよう、咲乃ちゃん」
佑真が出てきたらしい。
私は佑真のことをほとんど無視し、足を進める。
「おはようございます」
年下である咲乃は、佑真に敬語を使う。
それもまた可愛らしい。
初めて会ったときは私にも敬語を使っていたが、私が敬語が嫌いだからやめてほしいと無茶を言った。
そして咲乃が私に対して敬語で話さないようになったのが一年ほど前、私が中学三年になったときのことだ。
「玲ちゃん、そろそろ私立高校の入試があるんだよね」
咲乃と佑真で私を挟んで歩いていたら、咲乃がそんなことを聞いてきた。
「よく知っているな」
驚いて言うと、咲乃はへへ、と笑う。
その仕草すらも天使のようで、写真に収めたくなる。
生憎、スマートフォンもカメラも持っていないから、できないが。
「だが私は公立一本のつもりだ。私立は受けない」
「そっか。かっこいいね」
なにがかっこいいのかわからないが、咲乃がかっこいいと言うのであれば、褒められているような気分になる。
「先輩は?」
咲乃は少し前かがみになり、佑真に質問をした。
普通なら佑真に視線を向けるところなのだろうが、私はマフラーから零れ落ちる毛先ですら凝視していた。
「僕は……明後日すべり止めの高校の受験があるよ」
「そうなんですね。頑張ってきてください」
咲乃に応援された佑真が羨ましくて佑真を睨むと、佑真はどや顔を見せた。
私はつい、佑真の肩を殴った。
「暴力はダメだよ、玲ちゃん」
咲乃は頬を膨らませて注意した。
咲乃に言われてはやめるしかない。
しかし気が収まらず、私は舌打ちをした。
布団から手を伸ばしたことで、部屋の中がどれほど寒いのかがよくわかった。
とてもではないが、布団から出ようとは思えない。
頭に響く機械音を止めると、再び手を布団の中に潜らせる。
しかし暖かい布団から出たくないと思っていても、時間が迫ってくれば嫌でも出なければならない。
目覚まし時計が鳴るのは、出発の四十五分前。私が支度を整えるのに丁度いい時間だ。
つまり、二度寝をすれば遅刻してしまう。
のっそりと体を起こして床に足をつけるが、頭が眠っている。
動く気力がない。
するとノックの音がし、返事をする前にドアが開いた。
「玲ちゃん、おはよう。やっぱりまだ布団の中だね」
顔を覗かせたのは、隣の家に住む幼馴染、相田佑真だった。
佑真は部屋に入ってくると、私の腕を掴んで引っ張る。
だけど体がベッドに引っ付いているのではないかと思うほど、私は動かなかった。
「もう、早く準備しないと、咲乃ちゃんが来ちゃうよ」
佑真は呆れながら言う。
しかしその名を聞いた瞬間、私は立ち上がった。
それなりの力で引っ張っていたらしく、佑真はバランスを崩し、尻もちをついた。
「ドジだな、佑真は」
「納得いかない」
佑真は私を見上げて睨むが、まったく怖くない。
それどころか可愛らしく思え、頬が緩む。
「さて、早く準備をするぞ。咲乃を待たせるわけにはいかないからな」
「それさっき僕が言ったことだよ」
なにを怒っているのか知らないが、佑真は乱暴にドアを閉めて、部屋を出て行った。
一人になった私は、寝間着を脱ぎ、壁にかけていた制服を手に取る。
セーラー服に袖を通し、スカートを履くと、洗面台に向かう。
顔を洗い、ぼさぼさの髪に櫛を通す。
ある程度整うと、食卓に向かった。
そこには当たり前のように佑真が座っている。
「おはよう、玲。ごはんできてるよ」
母さんはコーヒーを飲みながらそう言うが、食卓テーブルの上に並んでいるのは、昨日私が作った晩ご飯だ。
母さんはきっと、並べただけ。
そうわかっていても気付かないふりをするのは、もう当たり前のことだ。
立ったままインスタントの味噌汁に手を伸ばし、一口、喉に通す。
着替えたり顔を洗ったりする間に冷えた体の中に、暖かい液体が、その存在を主張しながら入ってくる。
「玲ちゃん、お行儀悪いよ」
佑真に注意されるが、素直に受け止めることができない。むしろ、腹立たしく思える。
ここはお前の家ではないと言ってやりたかったが、今さら感があるので、やめておく。
「今日は食べたくない気分なんだ」
図々しく夕飯の残りを食べている佑真に返すと、私は部屋にカバンを取りに行く。
まだカーテンが開けられていなくて、部屋はその隙間から朝日の光が差し込んでいるだけだった。
ドア付近にあるカバンを持ってそのまま出ようと思っていたが、部屋の奥まで足を踏み入れ、勢いよくカーテンを開けた。
眩しい光が、視界を刺激する。
その光に目が慣れてきて窓の外を見ると、玄関のそばで手袋をつけているのに、手を擦り合わせながら息を吐きかけている少女がいた。
それが誰かすぐにわかり、部屋を飛び出す。
無駄に足音を立てながら廊下を進み、靴を履く。
「行ってきます」
母さんや佑真の姿は見えないが、部屋に呼びかける。
母さんのいってらっしゃいという緩い声を聞いて、ドアノブに手をかける。
「玲ちゃん、もう行くの?」
佑真は慌てて玄関にやって来た。
「天使が寒い中、待っているからな」
私は佑真の支度が整うのを待たずに、外に出た。
冷気が頬を撫でる。暖房の効いた部屋にいたから、余計に冷たく感じる。
ドアを閉めて中に戻りたいと思ったが、ドアが開いたことに気付いた少女が振り返ったことで、足を踏み出した。
咲乃は私を見付けると、笑顔を見せた。
まだ冬だというのに、咲乃のところだけ春が来ているようだ。
「おはよう、玲ちゃん」
「おはよう」
咲乃に挨拶を返していたら、後ろでドアが開く音がした。
「おはよう、咲乃ちゃん」
佑真が出てきたらしい。
私は佑真のことをほとんど無視し、足を進める。
「おはようございます」
年下である咲乃は、佑真に敬語を使う。
それもまた可愛らしい。
初めて会ったときは私にも敬語を使っていたが、私が敬語が嫌いだからやめてほしいと無茶を言った。
そして咲乃が私に対して敬語で話さないようになったのが一年ほど前、私が中学三年になったときのことだ。
「玲ちゃん、そろそろ私立高校の入試があるんだよね」
咲乃と佑真で私を挟んで歩いていたら、咲乃がそんなことを聞いてきた。
「よく知っているな」
驚いて言うと、咲乃はへへ、と笑う。
その仕草すらも天使のようで、写真に収めたくなる。
生憎、スマートフォンもカメラも持っていないから、できないが。
「だが私は公立一本のつもりだ。私立は受けない」
「そっか。かっこいいね」
なにがかっこいいのかわからないが、咲乃がかっこいいと言うのであれば、褒められているような気分になる。
「先輩は?」
咲乃は少し前かがみになり、佑真に質問をした。
普通なら佑真に視線を向けるところなのだろうが、私はマフラーから零れ落ちる毛先ですら凝視していた。
「僕は……明後日すべり止めの高校の受験があるよ」
「そうなんですね。頑張ってきてください」
咲乃に応援された佑真が羨ましくて佑真を睨むと、佑真はどや顔を見せた。
私はつい、佑真の肩を殴った。
「暴力はダメだよ、玲ちゃん」
咲乃は頬を膨らませて注意した。
咲乃に言われてはやめるしかない。
しかし気が収まらず、私は舌打ちをした。