星月(ほしづき)高校。
 生徒の自由を尊重した学校。

 男女ともに制服はあるが、ほとんどの生徒が原型をなくすまで着崩している。
 しかしなにを着るのか、どのような格好で通うのか、それは生徒の自由だということで、許されている。

 また、授業態度は最悪だ。まともに聞いている生徒はほとんどいないという。これも、どのようになにを学ぶのかは生徒の自由ということで、とやかく言う大人はいない。
 ゆえに真面目に勉強する生徒は少なく、学校全体の偏差値はかなり低い。

 とにかく自由を前面に押し出した結果、星月高校に集まるようになったのは、問題行動を起こしてばかりの不良だった。

 そうなれば近所からの評判は最悪で、不良のたまり場だったり、クズの集団だったりと、容赦ない言葉が並ぶ。

 そういう評判しかない星月高校に行きたいと言ったとき、母さんは目を丸めていた。

 私だって、自分がその選択肢を選ぶと思っていなかった。むしろ無縁な場所だと、眼中になかった。
 だが、どうしてもそこでなくてはならない理由ができた。

 母さんは驚いていたが、なぜ星月を選んだのかは聞かず、私の意志を尊重すると、許してくれた。

 今となっては、通う理由がなくなった場所ではあるが、もう少しだけ、咲乃を理由に行動したい。
 そうすれば、まだ咲乃と生きているような気がするから。

 初めて知らない場所の制服を着てみたが、案外悪くない。
 着崩すセンスは壊滅的にないため、規定の着方をするが、ブレザーでチェック柄のスカート、胸元には赤いリボンとは、普通に可愛いではないか。着崩す人たちの思考がわからない。

 準備が終わってリビングに向かうと、母さんの支度も整っていた。

「玲、渡したいものがあるの」

 私に気付くと、母さんは片手で持てる程度の大きさの箱を渡してきた。
 目が開けてと言っているようで、私はよくわかっていないまま箱を開けた。

 そこには、スマホがある。

「高校入学祝いだよ。勝手に選んだけど、よかった?」
「ああ。ありがとう」

 すごくほしいと思っていたわけではないから、反応が薄くなってしまう。

 本心が顔に出ていたのか、母さんは笑っている。

「玲はいらないだろうけど、高校生になって帰りが遅くなったりすることとかあると思うの。そういうときに、連絡があれば私も安心できるから。だから、持ってて」

 私はあるとは思わないが、これを持っているだけで母さんが安心できるというのであれば、持っておこう。

「メールとか電話とか、初期設定はしておいたけど、アプリとかはまた今度、ゆっくりやろう。じゃあ、入学式遅れないようにね。行ってきます」

 母さんは慌ただしく仕事に行った。

 母さんみたいにならないように気をつけて、余裕を持って出発しようとしたが、静かな場所にいると余計なことを考えてしまいそうで、私は飛び出すように家を出た。

 大きく息を吸い、すべて吐き出す。

 なんともいい天気だ。黒く嫌な気持ちを消してくれそうなほど、空が澄んでいる。
 まだ冬の寒さを残した風が心地よい。

「玲ちゃん?」

 もう一度深呼吸をしようとしたとき、名前を呼ばれた。

 声がしたほうを向くと、私が最初に志望していた高校の制服を着た佑真が立っている。その制服が絶妙に似合っていなくて、笑みがこぼれる。

「佑真。久しぶりだな」

 佑真は涙目だ。

「どうした」
「だって、玲ちゃんが元気だから」

 それが泣く理由になるのか。

 だが、佑真に心配をかけたのは確かだろう。母さんの反応を思い出せば、そうなるのも無理ないのかもしれない。

「心配かけたな」

 佑真は首を横に振る。

 お互いに立ち止まって会話をする暇はなく、歩き始める。

「でも玲ちゃん、よく復活したね。もっと長く落ち込むかと思ってた」

 それは私も思っていた。
 咲乃と話せないだけでつまらないとふてくされていた私が、咲乃がいない世界で生きていくことなど、できないと。

 だが、引きこもっている場合ではないと気付いたから、私は今、動いている。

「咲乃が私を動かしてくれるのだ」

 私の言った意味が伝わらず、佑真は首を捻った。
 少しどころか、かなり説明を省いているから、そうなるだろう。

「咲乃の最期を調べることにした」

 佑真は目を見開いた。

「咲乃ちゃんの最期って、死んだときのことだよね?」

 わざわざ死というワードを使わなかったのに、言い直されてしまった。
 まあ、言いたいことはそれだから間違ってはいないのだが、もう少し気を使ってほしかった。

「どうして? 僕は嫌だよ、玲ちゃんがもっと悲しむの。調べるのは、反対する」

 母さんも佑真も、似たような反応ばかりだ。
 若干デジャブのように感じるが、佑真のほうが強く反対してきた。

 そこまで心配してくれるのも嬉しいが、私としては、このままでいるほうがつらいのだ。

「夢の中で咲乃がずっと泣いているんだ。だが、私は話すことができないから、なぜ泣いているのかわからない」

 咲乃の最期を調べると決めても考えていたが、今でもその原因はわかっていない。

「私は、咲乃のことで知らないことがあるのは嫌なのだ。だから、調べる」

 そこまで話したとき、佑真と別れる場所に着いた。
 私は立ち止まる。

「それに、咲乃のすべてを知れば、咲乃が笑ってくれるかもしれないだろう?」

 佑真は言葉に困っている。
 それを待っている時間はなく、私は星月高校への道を進んだ。