シェアハウスの君と

 パタパタ、パタパタ
 この家の一番奥にある部屋から足音が聞こえる。
 タン、タンタン、ダン!
 部屋の前で、わざと足踏みをして待っている。
 何時もは追いつかなければ、別なところから足音が聞こえてくるのに、今回はなぜか足音がやむことがない。
 この家の一番奥から足音がなりやまない。
 正直、僕は怖かった。
 まだ一度も足を踏み入れたことのないこの屋敷の一番奥。
 カナエさんの部屋だ。

 他の部屋と違い、その部屋には外側から物々しい大きな南京錠がかけられていた。
 個人の部屋はどの部屋にも鍵が付いているが、それは中にいる人が鍵をかけるためのものだ。
 だけれど、カナエさんの部屋は別だ。
 外側に大きくてごつい南京錠がつけられいる。

 なんとなく『座敷牢』という言葉が浮かぶ。
 廊下もそこだけ暗く湿っている。鉄の臭いがひんやりとした空気に染みこんでいて、頭がちょっとだけツンと痛くなる。

 僕は「やめよう」って男の子に目で訴えかける。
 男の子も表情をみれば怖がっているのが分かったが。

 男の子はしばらく下を向いていたが、急にわざと足音を立てる。

 ダン、ダン、ダン!

 何かに苛立っているのだろうか。今までの軽く可愛らしい足音とは違い、なんとなく嫌な感じがした。
 もうちょっと静かにしようねと僕は人差し指を唇の前にたてて「しいー」っとしても、男の子は言うことを聞いてくれない。

 真っ白な顔は青ざめて、目だけは奇妙な色を映し出し、幽霊そのものだった。


 男の子は床が踏み抜けるんじゃないかと思うほど足を踏み鳴らた。
 次に、南京錠をガチャガチャと揺らす。
 もちろん、男の子の力づくでは鍵を開けることはできない。

 男の子はものすごく苛立た顔をしたあと、泣き始める。
 ああ、子供ってこれだから苦手だ。

 ああ、何かいい手はないだろうか。

 そうだ、僕の部屋にチョコレートが少しだけあったはずだ。
 本当はサクラの為に買ったのだが、まあ、こうなってしまったのだから仕方ない。

 僕は、泣いている男の子の手を取る。
 白くて柔らかいそれは、サクラの手にそっくりだった。

「ほら、行こう」

 僕は男の子と手をつないで二階にのぼる。
 誰かと手をつなぎながらのぼるのはなんだか変な感じだったけど、男の子もはじめてだったらしくてちょっとだけ楽しそうにしていた。
 この誰かと手をつないでふわふわする感覚って久しぶりだった。

 ちょっと振り返るとさっきの座敷牢みたいな部屋の前は壁も床も嫌な感じに濡れていた。

 僕は男の子にチョコレートを差し出す。

 ちいさな正方形の箱に、行儀よくならんだチョコレートは宝石みたいにつやつやしている。
 正直、とても高かった。
 思わずチョコレートの数を数えなおしたり、そこが二重になってもう一段入っているんじゃないかと下から箱を覗き込んでしまったくらいだ。

 男の子はなんのためらりもなくチョコレートを箱ごとひったくる。

 僕は一粒だけのつもりだったが、まあいいだろう。
 さっきみたいに泣きわめかれるよりはずっとましだ。

 チョコレートが気に入ったのか男の子はしばらくすると機嫌を直して、そのうち部屋の隅で丸くなる。

 男の子は僕の部屋で気持ちよさそうに眠る。
 僕がはじめてこの部屋に来た時を思い出す。あのとき、サクラは僕に毛布を掛けてくれたっけ。
 僕は男の子に薄手の毛布をかける。
 一緒に眠りについた。





 眠りの中、僕は懐かしい夢を見る。そして、その続きの悪夢を思い出した。

 子供の頃の僕はとても泣き虫でどうしようもなかった。みんなといっしょに遊んでいても、おいていかれてばかりだった。今度は寂しくてないていると、だれかのおねえちゃんがいつもハンカチを差し出してくれた。

 とっても優しくて暖かい気持ちになって、僕はすぐ泣き止むことができた。

 あの女の子はサクラだった。

 優しい目をして手はひんやりと冷たかった。

「大丈夫、大丈夫だよ」優しい声が繰り返す。

 僕はあの女の子の弟が凄くうらやましかった。

 あの子は僕に優しかったけど、弟は特別だった。僕を慰めている最中であっても弟に何かあれば駆けつけた。いつだって、どんなときだって、その曇りのない瞳には弟の姿が映されていた。そりゃあ、あたりまえだろう、よその子よりも自分の弟をたいせつにするのは当然のことだ。だけれど、俺はそれがうらやましくって、その弟が憎らしくって仕方がなかった。

「かくれんぼしよう」

 女の子の明るく可愛い声が聞こえた。
 男の子がこくんと頷くと女の子は数を数える。

 僕はどんくさい男の子が隠れ場所を見つけられない様子をみていらだつ。せっかくお姉ちゃんがあそんでくれるのに、すぐに飽きてしまい。池を覗き込んでいる。

 背中を丸めてじいーっと深い緑色の水の世界に引き込まれる。

 いや、違う。

 僕が緑色の世界に突き落としたんだ。

 嫉妬に狂った僕が、あの緑色の冷たい世界に突き落とした。

 そう、僕は彼女の弟の死をしっていた。






 どれだけの時間がたったのだろう。
 月明りが男の子を照らす。
 少し青みがかった月の縁が悲し気で、僕は彼の死を悲しく想った。

 ごめんね。

 僕は男の子にあやまる。

 ずっと、忘れてしまっていた幼い頃の友人にはじめて謝罪をした。
 

 僕は座敷牢の前の水たまりみたいに濡れている場所を避けつつ、座敷牢の中に入りこむ。


 座敷牢の中には一人の老女がいた。
 座敷牢の中は意外なくらい居心地がよさそうで、そして、この家で一番日当たりがよさそうな間取りをしていた。
 なにか書き物をしているのか、机に向かっていて後ろ姿しか見えないが、丁寧梳かされた髪を三つ編みにして、寝間着代わりの浴衣を着ていてとても品がよさそうだった。

 この人が、カナエさんと呼ばれた女性なのだろうか。

 僕はわざと男の子の真似をしてパタパタと足音をたてる。ずっと、彼を追いかけていたせいかいつの間にかうまく音を立てられるようになっていた。
 だけれど、老女は振り向かなかった。
 聞えていないのだろうか。
 聞えていてもいなくても、僕は彼女に懺悔しなければいけない。

 僕は彼女の弟を殺したのだから。
 彼女の人生を狂わせた犯人はぼくです。

 僕は君の弟のことがいつもうらやましくて仕方がなかった。
 どんなときでもやさしい君がそばにいてくれる。
 もし、彼がいなければ君を独り占めできると幼い僕は思ったんだ。

 ごめんね、サクラ。
 本当にごめんなさい。


 僕は君の弟をころしました。

 ちいさな君の弟は冷たいまま、この家の中にいます。
 きっと、これからも変わらずにずっと君と一緒でしょう。
 君の弟はいまでも、あの時の姿のまま静かに君の毎日を見つめ続けているよ。

 僕が幸せになることはゆるされないでしょう。
 いままで幸せになりたいと考えることはなかった。だって僕は罪を犯したのだから。
 だけど、僕は君に恋をした。
 君にだけは知られたくない。そう思って、僕は秘密を記憶の奥深くに沈めるてしまっていた。
 サクラ、本当にごめん。









 犯人は僕でした。