男の子はパタパタと足音を立てている。
スリッパも履いていないのにどうしてこんなに足音がするのか不思議だけど、きっとこれは彼なりの自分の存在を伝える方法なのだろう。
いままでパタパタといういっていのリズムだったのに、いつの間にかパッタタン、パタタンなんてちょっとだけ違うリズムを刻むようになっていた。
男の子はもしかしたら、僕と遊びたいのかもしれない。
僕が足音を追っていくと、また、男の子の姿は消える。
しばらくすると、また足音が聞こえてくる。
どうせ自分の部屋にこもっていてもどうにもならない。
パタパタと足音が聞こえたら、それをしばらく追いかけるということを繰り返す。たまに、しばらく音がしなければ、その場で昼寝をしてみる。
昼寝をしている間は、色んなことを思い出しているようなきがする。
僕は夢の中でも男の子といっしょにおいかけっこをしている。
そこには他にも誰かがいてとても楽しい。
夢の中で男の子を捕まえそうになると、あのパタパタという音が響いて、目が覚める。
夢の中とは違い、家の中で鬼ごっこをしているので、本気で走り回らない。
お互いに一定の速さで進んでいく。ちょっと、本気をだせば僕はすぐに男の子に追いつくことができるのだが、それでは遊びにならない。
ちゃんとそのルールを守って遊ばないと男の子は不機嫌になってしまう。男の子は不機嫌になると、どこかにいなくなってしまい、なかなかもどってこないので僕はできるだけ男の子のご機嫌を損なわないように注意して遊ぶ。
大抵は誰かの部屋に入ることなく、廊下や共用スペースの中で追いかけっこは行われる。
パタパタと廊下を走り、いつの間にか居間で二人で本を読んだり、庭に来た小鳥をぼんやりと見つめる。
子供の頃みたいな、無邪気で気をはらない遊び方だった。
パタパタ、パタパタ、パタパタ
今日はやたらと、あちこち小回りする。
気が付くと僕は見たことのない畳を踏んでいた。
見上げると、そこにはフリルとピンク色の塊があった。
ああ、いちごちゃんの部屋か。
地味なはずの畳の部屋は何とも不思議な装飾になっていた。
大きな鏡台にその前に敷かれたイチゴの形の敷物。
部屋の入り口にはじゃらじゃらと赤とピンクのビーズのカーテンがかかっている。
部屋の隅にはフリルがついた白いレースの蚊帳がはられたベッドがあって、その上にはぬいぐるみがたくさん鎮座していた。
ぬいぐるみのなかには眼帯をしていたり、包帯をまいているものもあった。
ちょっと不思議な雰囲気だ。
内装が赤いせいで、オリエンタルな雰囲気も漂っている。
ちょっといい方は悪いけど、なんだかちょっとだけ淫靡だ。
ベッドの横に置かれた椅子には、つやつやとした生地に薔薇の模様が描かれたナイトガウンがかけられているが、なんとなく娼婦の部屋を想像させるのかもしれない。
爽やかで潔癖なマチコの部屋とは対照的だ。
紅い光にともされた空間は見つめ続けて目を閉じると、暗闇のなかにエナジードリンク見たいな蛍光グリーンが目の内側に映る。
部屋の中で唯一、目を落ち着けることができるのは鏡台の横に置かれたアイボリーのカラーボックスだ。
本だなのように使用されているみたいだが、そこには暮らしの手帖が並んでいた。ちょっと意外だった。いちごちゃんのことだから、ピンクと薔薇と金色の文字とか、赤とか黒で彩られたああいうフリフリが好きな女の子向けの雑誌を読んでいるのかと思っていたがとても静かな白い色をした背表紙にシンプルなフォントで「暮らしの手帖」という文字が非常にシンプルに並んでいる。
男の子がまた姿を消してしまったので、僕はちょうどいいのでそこに座り込み雑誌をめくる。
新しくはないがきちんと掃除がされて艶が保たれた畳は座っていてとても気持ちがよかった。
雑誌は上品な白の表紙で、その真ん中が額縁みたいにくりぬかれ毎号優しい色使いの懐かしい感じがする絵が描かれている。
子供の頃、夕方になってよその家の夕食の香りが漂ってくるような、ちょっと寂しくて暖かくてうらやましい感じがよみがえってきた。
中身は雑誌のくせに文字がたくさん書かれている。
季節の食べ物や掃除の方法。男の僕から見ても現代の女性にはすべてこなすのは無理だろうなと思うくらい丁寧で、完璧な暮らしがそこにあった。
たくさんの生活にかかわる文字の中に秘められた哲学がそこにあった。
ロリータに人生をささげるいちごちゃんとはちょっとかけ離れているような気もする。だけれど、彼女が何度も入れてくれたお茶を思い出すとなんとなく納得できた。
丁寧に相手のことを思いやって入れられたお茶はいちごちゃんがこの暮らしの手帖を読んで自分の人生に取り込んだ部分なのかもしれない。
彼女の丁寧で女性らしい部分はすべてあのちいさな気遣いの中に秘められていたと思うと。いちごちゃんってすごい子だったんだなって思った。
僕は調子にのって、雑誌の隣にあったスクラップブックにまでいけないと思いつつ手を伸ばす。
表紙がシールやマスキングテープで可愛らしく彩られ、いちごちゃんの可愛らしい丸っこい文字が書かれたスクラップブックには、暮らしの手帖のバックナンバーと思われる記事のコピーが貼られていた。
特に飲み物に関する記事が多くて、果実酒のつくり方にはマチコの好きな桃と苺でつくるオリジナルのレシピがいちごちゃんの丸っこい文字がピンク色で書かれていた。
僕はなんだか和やかな気持ちになりながらページをぱらぱらとめくる。
いちごちゃんのやさしい一面を見たような気がしてなんだかちょっとだけ嬉しくなる。
気が付くと、男の子が隣にいた。
星が散りばめられた夜空みたいな紺色の瞳に白くふわふわしたほっぺ、ピンク色の形の良い唇。
どこかで見覚えがあるけど思い出せ無い。
男の子は小さな本をこちらに差し出す。
えっ、読めってことかなって思っていると、男の子は気が付くと、苺の形の毛足がながいやわらかそうな敷物の上に寝っ転がり、こっちを見ている。どうやら、僕が読むのを待っているようだ。
「ちょっとまってね」
僕は目でそういって、男の子が差し出した本の中身を確認する。
子供に読むならある程度、中身を確認する必要があるとおもったからだ。
本かと思っていたそれはめくってみると日記の様だった。
分厚い布の表紙をめくると、中は黄色っぽい紙に文字は藍色の万年筆で書かれていた。
――あの人が怖い。
――今日も暴力を振るわれた。
――このままでは私が殺される。
――ああ、あの人を刺してしまった。
――今まであの人のお金で生きていたから、これからどうやっていきていけばいいんだろう?
――刑務所に入ってしまったら、刑務所のなかで死ぬことになってしまうだろう。
――いやだ、怖い。
――つかまりたくない。刑務所なんか行きたくない。
――カナエさんは私にとって神様だ。
――カナエさんの家に住ませてもらえることになった。
――カナエさんのアドバイスでちょっと奇抜な服装をすることになった。
――ロリータファッションというらしい。カナエさんは可愛いってほめてくれた。
――なんでだろう眠れない。
――マチコって意外といい人だ。
――ああ、人を殺したことを誰かに話したい。
――マチコは氷が好きなんだって。
――あの、男、大学生だって。なんだか、夫だったあいつに似ているような気がした。
――最近マチコが変だ。なにかよそよそしい。
――マチコ?
僕はどうやらみてはいけないものを見てしまったようだった。
僕はいちごちゃんの、いやイチ子さんの日記を閉じて、男の子に向かって首を振る。
だめ、これは読めないよって、僕はわざとなさけなく笑う。へらへらと。こうしていればだれだって、いつかはあきらめてくれるから。
男の子は弾みをつけてばねが跳ね上がるように起き上がって、僕の手から乱暴に日記をひったくって走っていく。
僕に追いついてほしくないらしくけっこうな速さだ。
僕はちょっとだけぐったりとして、部屋をでる。
鏡台の上に置かれた、刺繍途中のハンカチーフには銀色の糸でМの文字が刺しゅうされていた。
スリッパも履いていないのにどうしてこんなに足音がするのか不思議だけど、きっとこれは彼なりの自分の存在を伝える方法なのだろう。
いままでパタパタといういっていのリズムだったのに、いつの間にかパッタタン、パタタンなんてちょっとだけ違うリズムを刻むようになっていた。
男の子はもしかしたら、僕と遊びたいのかもしれない。
僕が足音を追っていくと、また、男の子の姿は消える。
しばらくすると、また足音が聞こえてくる。
どうせ自分の部屋にこもっていてもどうにもならない。
パタパタと足音が聞こえたら、それをしばらく追いかけるということを繰り返す。たまに、しばらく音がしなければ、その場で昼寝をしてみる。
昼寝をしている間は、色んなことを思い出しているようなきがする。
僕は夢の中でも男の子といっしょにおいかけっこをしている。
そこには他にも誰かがいてとても楽しい。
夢の中で男の子を捕まえそうになると、あのパタパタという音が響いて、目が覚める。
夢の中とは違い、家の中で鬼ごっこをしているので、本気で走り回らない。
お互いに一定の速さで進んでいく。ちょっと、本気をだせば僕はすぐに男の子に追いつくことができるのだが、それでは遊びにならない。
ちゃんとそのルールを守って遊ばないと男の子は不機嫌になってしまう。男の子は不機嫌になると、どこかにいなくなってしまい、なかなかもどってこないので僕はできるだけ男の子のご機嫌を損なわないように注意して遊ぶ。
大抵は誰かの部屋に入ることなく、廊下や共用スペースの中で追いかけっこは行われる。
パタパタと廊下を走り、いつの間にか居間で二人で本を読んだり、庭に来た小鳥をぼんやりと見つめる。
子供の頃みたいな、無邪気で気をはらない遊び方だった。
パタパタ、パタパタ、パタパタ
今日はやたらと、あちこち小回りする。
気が付くと僕は見たことのない畳を踏んでいた。
見上げると、そこにはフリルとピンク色の塊があった。
ああ、いちごちゃんの部屋か。
地味なはずの畳の部屋は何とも不思議な装飾になっていた。
大きな鏡台にその前に敷かれたイチゴの形の敷物。
部屋の入り口にはじゃらじゃらと赤とピンクのビーズのカーテンがかかっている。
部屋の隅にはフリルがついた白いレースの蚊帳がはられたベッドがあって、その上にはぬいぐるみがたくさん鎮座していた。
ぬいぐるみのなかには眼帯をしていたり、包帯をまいているものもあった。
ちょっと不思議な雰囲気だ。
内装が赤いせいで、オリエンタルな雰囲気も漂っている。
ちょっといい方は悪いけど、なんだかちょっとだけ淫靡だ。
ベッドの横に置かれた椅子には、つやつやとした生地に薔薇の模様が描かれたナイトガウンがかけられているが、なんとなく娼婦の部屋を想像させるのかもしれない。
爽やかで潔癖なマチコの部屋とは対照的だ。
紅い光にともされた空間は見つめ続けて目を閉じると、暗闇のなかにエナジードリンク見たいな蛍光グリーンが目の内側に映る。
部屋の中で唯一、目を落ち着けることができるのは鏡台の横に置かれたアイボリーのカラーボックスだ。
本だなのように使用されているみたいだが、そこには暮らしの手帖が並んでいた。ちょっと意外だった。いちごちゃんのことだから、ピンクと薔薇と金色の文字とか、赤とか黒で彩られたああいうフリフリが好きな女の子向けの雑誌を読んでいるのかと思っていたがとても静かな白い色をした背表紙にシンプルなフォントで「暮らしの手帖」という文字が非常にシンプルに並んでいる。
男の子がまた姿を消してしまったので、僕はちょうどいいのでそこに座り込み雑誌をめくる。
新しくはないがきちんと掃除がされて艶が保たれた畳は座っていてとても気持ちがよかった。
雑誌は上品な白の表紙で、その真ん中が額縁みたいにくりぬかれ毎号優しい色使いの懐かしい感じがする絵が描かれている。
子供の頃、夕方になってよその家の夕食の香りが漂ってくるような、ちょっと寂しくて暖かくてうらやましい感じがよみがえってきた。
中身は雑誌のくせに文字がたくさん書かれている。
季節の食べ物や掃除の方法。男の僕から見ても現代の女性にはすべてこなすのは無理だろうなと思うくらい丁寧で、完璧な暮らしがそこにあった。
たくさんの生活にかかわる文字の中に秘められた哲学がそこにあった。
ロリータに人生をささげるいちごちゃんとはちょっとかけ離れているような気もする。だけれど、彼女が何度も入れてくれたお茶を思い出すとなんとなく納得できた。
丁寧に相手のことを思いやって入れられたお茶はいちごちゃんがこの暮らしの手帖を読んで自分の人生に取り込んだ部分なのかもしれない。
彼女の丁寧で女性らしい部分はすべてあのちいさな気遣いの中に秘められていたと思うと。いちごちゃんってすごい子だったんだなって思った。
僕は調子にのって、雑誌の隣にあったスクラップブックにまでいけないと思いつつ手を伸ばす。
表紙がシールやマスキングテープで可愛らしく彩られ、いちごちゃんの可愛らしい丸っこい文字が書かれたスクラップブックには、暮らしの手帖のバックナンバーと思われる記事のコピーが貼られていた。
特に飲み物に関する記事が多くて、果実酒のつくり方にはマチコの好きな桃と苺でつくるオリジナルのレシピがいちごちゃんの丸っこい文字がピンク色で書かれていた。
僕はなんだか和やかな気持ちになりながらページをぱらぱらとめくる。
いちごちゃんのやさしい一面を見たような気がしてなんだかちょっとだけ嬉しくなる。
気が付くと、男の子が隣にいた。
星が散りばめられた夜空みたいな紺色の瞳に白くふわふわしたほっぺ、ピンク色の形の良い唇。
どこかで見覚えがあるけど思い出せ無い。
男の子は小さな本をこちらに差し出す。
えっ、読めってことかなって思っていると、男の子は気が付くと、苺の形の毛足がながいやわらかそうな敷物の上に寝っ転がり、こっちを見ている。どうやら、僕が読むのを待っているようだ。
「ちょっとまってね」
僕は目でそういって、男の子が差し出した本の中身を確認する。
子供に読むならある程度、中身を確認する必要があるとおもったからだ。
本かと思っていたそれはめくってみると日記の様だった。
分厚い布の表紙をめくると、中は黄色っぽい紙に文字は藍色の万年筆で書かれていた。
――あの人が怖い。
――今日も暴力を振るわれた。
――このままでは私が殺される。
――ああ、あの人を刺してしまった。
――今まであの人のお金で生きていたから、これからどうやっていきていけばいいんだろう?
――刑務所に入ってしまったら、刑務所のなかで死ぬことになってしまうだろう。
――いやだ、怖い。
――つかまりたくない。刑務所なんか行きたくない。
――カナエさんは私にとって神様だ。
――カナエさんの家に住ませてもらえることになった。
――カナエさんのアドバイスでちょっと奇抜な服装をすることになった。
――ロリータファッションというらしい。カナエさんは可愛いってほめてくれた。
――なんでだろう眠れない。
――マチコって意外といい人だ。
――ああ、人を殺したことを誰かに話したい。
――マチコは氷が好きなんだって。
――あの、男、大学生だって。なんだか、夫だったあいつに似ているような気がした。
――最近マチコが変だ。なにかよそよそしい。
――マチコ?
僕はどうやらみてはいけないものを見てしまったようだった。
僕はいちごちゃんの、いやイチ子さんの日記を閉じて、男の子に向かって首を振る。
だめ、これは読めないよって、僕はわざとなさけなく笑う。へらへらと。こうしていればだれだって、いつかはあきらめてくれるから。
男の子は弾みをつけてばねが跳ね上がるように起き上がって、僕の手から乱暴に日記をひったくって走っていく。
僕に追いついてほしくないらしくけっこうな速さだ。
僕はちょっとだけぐったりとして、部屋をでる。
鏡台の上に置かれた、刺繍途中のハンカチーフには銀色の糸でМの文字が刺しゅうされていた。
