シェアハウスの君と

 ――ねえ、そういえば・・・・


 できるだけ日常のくだらない話をする。
 そう、この後の日常とのコントラストをより強くするために。真っ暗な過去がいきてくるように。のどを絞って、いつもよりもより作り物の声を出す。甘く脳をしびれさせるような声を。

 ほら、思い出して。あなたの楽しい日常を――楽しくて、のんきで、無害を気取った図々しい日常を、傲慢で見えていない子供の日常を。

「ねえ、何が知りたいの??」

 私は最後にそれを付け加えて、彼の瞳を見つめる。
 彼を追い込みたいと思った。私と同じくらいがけっぷちに。
 えっと、なんだっけ。なんだかこんな時にぴったりなことわざてきなものもあったような気もするけど思い出せない。

 私は彼の瞳をひたすら見つめ続けた。
 子供みたいな目。
 純粋だ。
 人の闇なんて知らないんでしょう?
 好奇心で人のことに首をつっこんでもらっては困るのだ。危険な芽は早いうちにつんでおかなきゃね。
 私はじっと彼を見つめ続ける。
 ちょっと気になるのは、目の前で紅茶が冷めていくことだ。
 せっかく私が用意したのに。
 まあ、いい。ちょっといいやつなんていったけれど、どうせこいつには味なんかわからないと思って別にいい奴なんてつかってない。この馬鹿舌はキャラメルシロップでもかけてやれば喜んで飲むのだから、むかつくからあとでこいつの分だけはレンチンしてシロップかけたのを出してやろう。
 彼の瞳がさっきよりちょっとだけ黒く大きくつややかになった気がする。
 何だろう。一体どうしたというのだろう。

「ぁ、あの、お……お茶い、れる、よ」
 なんだかもごもごいって、彼は台所に逃げた。
 逃げられた。
 子供ってこれだからずるい。

 台所をガチャガチャやって、ミルクパンを取り出す。ああ、カナエさんのお気に入りのミルクパン。あとで怒られてもしらないんだから。
 何をするかと思いきや、彼はそれで牛乳を温めただけだった。
 ゆっくりとふつふつと飴色に輝く鍋の縁に小さな泡がはりつく。
 その様子はなんとなく癒される。

「……いつも、あり、ありがとう」

 そういって彼は私にホットミルクを差し出す。
 正直できそこないだ。誰が、あの鍋を洗うと思っているんだ。台所を引っ掻き回しやがって。
 なんで自分しか見えてないかな。
 ああ、いらつく。
 おそらく私の目は今とっても冷たいだろう。てか、眼差しで人を凍らせられるんじゃないかって思う。それくらい冷たい目をしているはずだ。

 ああ、かゆい。
 マスクの紐が、怒りで高揚した頬にあたりチクチクする。マスクって意外と肌に悪い。
 私は気を紛らわすためにマスクの紐をはじく。
 ああ、ムカつく。
 てか、なんで私は目の前の男のせいでこんなにイラつかないといけないんだろう。私の可愛い世界はどこにいってしまったのだろう。一生懸命つくってきた世界がなんとなく汚された気がして悲しくなる。
 気が付くと私の瞳は熱くなり、うるんでいた。
 眼から、水の滴がコロコロと転がり落ちる。

 あれ、これってチャンスじゃない?
 涙って女の最高の武器のはず。

「あのね、私マスクを外すと息が苦しくて」

 気が付くと私の唇からはそんな言葉がこぼれていた。
 言葉はどんどん加速する。
 ああ、この感じ久しぶりだ。



 ようこそ、虚構の世界へ。