シェアハウスの君と

 胸が苦しい。
 えっと、なんだっけ?
 ああ、そうそう。私は嘘をつかなきゃいけないんだった。
 最近、嘘をついてないから苦しくて仕方がない。
 早く吐き出さなきゃ。もうどれくらい嘘をついていないんだろう。

 最後に嘘をついたのは、そうだ、あいつだ。
 あの大学生。
 あの世間知らず。
 大学生の日常は見ていて腹が立つほどのんびりしている。
 やることと言えば、毎日大学に通うことくらい。
 そりゃ、当番の仕事はきちんとやるけれど、なんというか常に与えられるのをまっているみたいな感じ。自分は誰かに何かをやってもらえて当然と思い込んでいる様子がムカついて仕方がない。
 大きくてやわらかい巣にまもられたひな鳥が口をあけて餌をまっているみたいで、なんというか可愛くないわけではないけれど、同時に憎らしいのだ。
 しかも、のんきな声で私のマスクについて指摘してきた。現代社会なんだから、こういうことは触れちゃいけないものだと私は思う。ある程度、人に無関心じゃないといけない。現に、いままでほかの人から聞かれたたことはなかった。
 なのにあの男はのんきそうな声で私に問いかけてきやがった。
 正直、どきどきした。
 からだ中の血がさあーって流れるのが分かった。こめかみが脈打ってちょとだけ頭がずきずきした。
 でも、なんだか生きているって感じがした。
 血がめぐっているせいか、頭がいつもよりも冴え冴えとして世界がとてもクリアに見えた。
 私は、あの男の前で女優になることにした。
 インプロヴィゼーションスタート!



 ……なんちゃって。



 とりあえず現状整理。私が男の言葉を聞いてから、ちょっと間が開いてしまった。
 この間を活かさない手はない。
 私はゆっくりとできるだけ、間を取る。本当は話したくて仕方がなかった。嘘を吐き出したくて仕方がなかった。
 大女優のように相手を虚構の世界に巻き込んで世界のすべてを覆したかった。
 今の私なら素晴らしい虚構の世界を見せることができる。どんな役にだってなり切れる。どんな長いセリフだって完璧に言うことができる。
 嗚呼、早くこの嘘の人生を語りたい。
 だけれど、間が大事だ。あせらず、じっくりこの間をできるだけ長くとることが、あとのセリフの重みがでてくる。ぐっとこらえなければ。
 私はそうっと、彼を観察し続ける。彼もこちらを見つめる続けている。
 のんきそうだった顔も気づくとちょとだけ不安の色がうかがえる。
 あっ、目をそらした。

 第一ラウンドは彼の負け。これで、完全にこちらの世界に引き込める。
 さあ、場面展開をしよう。

「お茶をいれなおすね」

 私はいつもと同じわざと甘く舌っ足らずな声で言った。