シェアハウスの君と

「じゃあ、あとお願いしてもいいかしらん?」

 カナエさんのやわらかな声が真っ暗な廊下の中でロウソクの灯をともしたように道しるべになる。
 うちの廊下は夜になると真っ暗だ。
 真っ暗な中に身をひそめていると自分がどこにいるかも、左右どころか上下の間隔まで分からなくなってくる。自分が真っ暗な小さな箱に閉じ込められているのではないかと錯覚してしまう。
 そんな中、カナエさんのやわらかい声がマチコの部屋からふんわりと溶け出てきた。
 なぜ、カナエさんがマチコの部屋にいるのだろう。
 マチコの部屋から漏れ出す銀色の光でカナエさんの姿がチラリと見える。
 真っ黒なタートルネックに細身のパンツスタイル。髪はアップにしている。なんだっけ、古い映画のオードリーヘップバーンのやつ……そうだ、お洒落泥棒だっけ?いや麗しのサブリナだったかも。まあ、どっちもパッケージだけで映画は見てないけれど。マイフェアレディーは好きだった。なんていうの、あのチョコレートを食べるっていうのがとってもキュートだ。あっ、そうだ。ああいうパンツをサブリナパンツっていうんだからきっと麗しのサブリナだ。まあ、そんな感じの服装をしている。とにかく全身真っ黒なのだ。しかも、カナエさんにしては珍しくパンツスタイル。知り合ってからはじめてかもしれない。彼女のカジュアルなスタイルをみるのは。
 マチコのお気に入りの氷を一粒だけその手に持っている。人差し指と親指でつまんで、まるでそこから月の光にかざすような仕草をする。その瞬間、なんだかダイヤモンドを持っているみたいでドキッとする。ダイヤモンドを見つめるその顔はキレイだけど、冷たい。なんだか、見てはいけないものを見てしまったような気がしていっそう息を殺した。
 ドアが閉まり、銀色の光が消えた瞬間、耳を塞ぎたくなるような音がした。

 あれはきっと氷が砕ける音だ。

 固いものが砕け散る音。

 冷たい固いダイヤモンドは砕け散ってどこにいったのだろう?

 闇に包まれた廊下の中で静かにとけたのだろうか。







 それとも……カナエさんの喉を通って彼女の一部になったのだろうか。