シェアハウスの君と

「ほら、ちょっとリラックスして、ね。大丈夫だから」

 カナエさんはそう言って銅でできたマグカップを渡してくれる。金色のそれにはきれいな丸い氷が浮かんでいてラムレーズンの香りがした。ミルク味のなかにときどきふわりとラムレーズンの大人な香りが漂う。もちろん苦くなくちょっとだけあっさりとした甘さで私は喉をならしてのんでしまった。
 カナエさんは私のそんな様子をみてとても満足そうに微笑む。
 美味しかった。
 普段、甘いものが大好きだけれど、甘すぎないこれはもっと気に入った。
 甘いものは可愛いし女の子らしいけれど、ときどき、息苦しくなるのだ。
 いつだって、飴玉がのどに引っかかっているような気がするし、口の中はいつだって甘い味が広がるし、鼻はいつだって人工的な甘い香りが漂い続ける。
 ちょっと前まではお風呂に入ればこの臭いも消えていたけれど、今はお風呂にはいってもずっとへんな臭いがしているような気がする。芳香剤みたいな人工的な甘さが鼻の中にずっと残る。ずっと匂いがしているようで、頭が痛くなる。
 ぐえってはきそうになる。
 もちろん吐きはしない。
 どうしても気になって眠れないときはマチコの部屋を借りる。
 眠れなくてマチコの部屋をノックすると、美容のためかなにか、夜中にまで真っ白なパックを張り付けたマチコが眠そうな目だけのぞかせて出てきてくれる。
 ちょっと怖いけど、間抜けな姿はなぜだかちょっとおかしくて安心できる。
 マチコの部屋は人から見たらものすごく奇妙だ。
 私より先に入居しているからどんないきさつなのかは知らないけれど、マチコの部屋はすべてバスルームなのだ。
 もちろん、この家の共用のバスルームは別にある。普通の家庭のお風呂だ。
 だけれど、マチコの部屋は違う。
 部屋一つ分がバスルームになっているのでとても広い。
 きれいな水色のタイルが貼られている。えっと、なんていうんだっけ? あの、バブルの頃にハートのネックレスが流行っていた。そう、ティファニーだ。ティファニーの箱とおんなじ色のタイルが基調になっていて、可愛らしい。それに、いつもいい香りがする。マチコになんの香水をつかっているか聞いたことがあるけれど、香水は使っていないらしい。部屋を訪れるたびに匂いが違うなと思っていたら、どうやらマチコの部屋のいい匂いの正体は入浴剤らしい。このまえ、大型のショッピングモールを歩いているときに気づいた。
 壁も床も天井もティファニーの水色で、蛇口やシャワーはいつも曇りがなくピカピカの銀色に磨かれている。
 部屋の真ん中に置かれたバスタブは光沢のある白で、ネコ足だ。
 最初は、アイラインが濃く、はっきりとした口紅を塗り、いつだって隙がないマチコが苦手だった。だって、ああいうタイプって私みたいなファッションを許してくれなさそうだから。
 私のことなんか目の敵にするだろうなと思っていた。先に住んでいたのはマチコだし、絶対的に力関係はこちらが不利だ。
 先にいたものの方が分がある。これは、長い人生のなかで得た教訓だ。

 だけれど、ネコ足のバスタブだ。びっくりした。だって、ロココの心がこんなところにあるなんて。
 ネコ足なんて乙女チックな家具、私だって持っていないのに。しかも、そのネコ足家具の中でいちばんじっせんが難しいバスタブときた。すごい。可愛い。
 それを見た瞬間、私は直前まではマチコと50センチ以上の距離を常に保つことに心掛けていたのに、気が付いた瞬間私とマチコの距離はゼロになっていた。
 というか私はマチコに抱き着いていた。
 カナエさんは知らないけど、マチコと私は意外と仲がいいのだ。
 でも、カナエさんは特別だ。
 私に住むところを与えてくれたカナエさん。
 生きてていいんだよとも言ってくれた。
 私がいまここで生きているのはカナエさんのおかげなのだ。
 だから、マチコにも打ち明けたことのない秘密をカナエさんの薔薇色の耳に囁く。カナエさんも酔っているのか頬から耳にかけて赤くなっている。
 カナエさんに近づくと本物の花の香りがした。

「あのね、私、人を殺したことがあるの」

 胸のなかにあった鉛の塊が、言葉に変わり軽くなっていく。