ちいさな男の子がパタパタと足音を立てながら走っていく。
白くてやわらかそうなほっぺをした男の子だ。
子供って、子供独特の動きをする。なんだろう、身体が発達途中のせいか大人と同じようにしていても、同じ動きにならない。
逆もまたしかり。
関節とか筋肉とかの動きが違うのか、よく、お笑いとかで子供の真似をする芸人もいるが、彼らはあえて、身体の関節やら筋肉に制限をかけた動き方をする。ただ、それでも十分に再現しきれていない。
さっき走り去っていった男の子にも同じ違和感があった。
違和感を感じるを日本語として正しくないという人間がいるが、違和感は感じる方が実際の感覚を正しく表せているような気がする。
そこにあるのではなく、気持ち悪い感じを感じるんだ。
まあ、それもそうだろう。
この家には男の子なんて住んでいないはずなんだから。もちろん、誰かの孫なんてこともなさそうだ。
来客が来るなんて話も聞いていないし、玄関にはいつもどおり、僕のくたびれたコンバースのスニーカーに、マチコの赤いハイヒールにいちごのロッキンホースバレリーナそれに、サクラのバレーシューズしかなかった。
ちいさな子供の靴なんて影も形もなかった。
あっ、まただ、またあの軽い足音が聞こえる。
パタパタと軽い足音だ、僕はよく耳を澄ませて足音の方向を確かめる。
薄暗い廊下なのでできるだけ目を凝らして、落ち着こうとする。
白い小さな足が見えた。なんだか、僕はその足に見覚えがあるような気がした。
ちいさな足音はぱたぱたとこちらに近づき、前を通り過ぎるけれど、なぜか僕はその男の子の姿をはっきりと捉えることができない。
彼はパタパタと廊下を走り、階段をおりていく。
トテトテと片足を一段下すと、もう片方の足もその団に卸す折り方がなんとも子供らしい。
ちょっとしたぎこちなさがなんともまもってあげたくなる。
僕は、彼の邪魔をしないようにゆっくりゆっくり音を立てずに階段を下りていく。
男の子は最後のいちだんだけせーのでジャンプしておりる。見事に着地。姿勢も完璧だし、着地のあとにあげた両手は指先までピンと伸びている。
僕が思わずパチパチと拍手をすると、男の子は一瞬だけびっくりしたあとはにかんだように笑った。また、パタパタと走り始めたけれど、今度は追いつけるくらいゆっくりだった。
男の子は今度はある部屋の前でぴたりと止まってこっちを確認してから中にはいっていった。
曇りガラスの扉の部屋。
マチコの部屋だ。
マチコか。勝手に部屋の中を覗いたら怒られそうだ。
だけれど、男の子も気になる。
僕は迷いながらも、音を立てないようにその扉を通った。
マチコのことだから壁紙はピンク色とか赤かなと思っていたけれど、そこは絵本にでてくる青空みたいな淡く綺麗な水色と白で統一されていた。
床も天井も壁も全ん淡い空の色だ。
僅かにある家具は白で統一されている。
白い椅子とテーブルと低めの箪笥が一つ。
箪笥の上はドレッサーとしても使われているのか、化粧品の瓶が並べられていた。
まあ、何よりも印象的なのは部屋の真ん中に置かれたバスタブだ。
僕はできるだけバスタブを意識の外に追い出す。
まさか、さっきの男の子バスタブにはいってたりしないよね。怖いんだけど。
ふと、そんなことを考える自分に苦笑いする。
気が付くと男の子はドレッサーの上のアクセサリーがはみ出している箱をいじっている。
ジュエリーケースってやつだろうか。小さな箪笥みたいにいくつかの引き出しがあって、上が両開きになっている。内側はワイン色のビロードの布が貼られていて、高級感がある。
そこから、こぼれる真珠のネックレスやら無造作に置かれた大きな石の指輪。なんともマチコらしくちょっと雑だけれど、それがなんともお洒落だ。
いろんな色の小瓶がおかれ、それらが淡い虹色の光をはなっている。
とても女の子らしい部屋だ。
人魚のお姫様の部屋みたいだ。
地上の穢れを知らない女の子の部屋。
僕はゆっくりとそこにたっだよう、静かでさわやかな香りを楽しむ。
特にバスタブのすぐそばに置かれた塩の結晶がたくさん詰められた瓶と同じ香りだ。
気が付くと男の子はマチコの宝石箱にいたずらをしていた。
無造作に置かれているから元通りにするのはとても難しいというのに。
男の子は宝石箱の引き出しを開けたり閉めたりする。
引き出しを開けるとオルゴール音が聞こえる。
金属の突起をはじく高く可愛らしい音を久しぶりに聞くとなんだか胸が切なくなる。
ちょっとだけかわいらしさの中にちょっとだけ耳に障る独特の音。ずっと僕の耳に届かなかった音まで聞こえて、なんだか色んな記憶がよみがえってきそうなきがした。僕自身でも忘れてしまっているような記憶まで。
僕が目をオルゴールの音に聞き入っていると、男の子はどこかに行ってしまっていた。
もちろん、オルゴールはなっているので、引き出しはあけっぱなしだ。
僕はしかたなく、引き出しをしめようとすると、古い封筒が落ちていた。
おそらく、男の子がいたずらした時に落としてしまったものだろう。
僕は封筒を破いたりしないようにできるだけ丁寧な手つきで拾う。
最近は力の加減がうまくいかないこともあったが、驚くほどスムーズに拾うことができて驚く。指先の震えもない。
思った通りにもろくて薄い紙をつかむことができる。
だけど、油断していたことに封筒の封が開いていて、中身がこぼれおちた。
茶色く色が変わった焼け焦げが付いた新聞記事と古いセピア色の写真。
どちらも恐ろしく古い。
男の子は目がくりくりしてとても可愛らしかった。
見たこともないくらい、可愛らしい男の子だった。
どことなくマチコににているような気がした。
いたずらっぽく輝く瞳と、自身たっぷりの笑顔。八重歯がのぞいているのもそっくりだ。
マチコの家族かな。
僕はマチコの心をのぞいてしまったみたいになって気まずくなり、そっと封筒に入れようとしたときに気づく。
写真の裏側はまっくろだった。
いや、正確いには真っ黒になるくらい小さな字が何度も何度も書き込まれていた。
『ごめんなさい』わ『ごめんなさい』た『ごめんなさい』し『ごめんなさい』が『ごめんなさい』お『ごめんなさい』と『ごめんなさい』う『ごめんなさい』と『ごめんなさい』を『ごめんなさい』こ『ごめんなさい』ろ『ごめんなさい』し『ごめんなさい』ま『ごめんなさい』し『ごめんなさい』た『ごめんなさい』。『ごめんなさい』ほ『ごめんなさい』ん『ごめんなさい』と『ごめんなさい』う『ごめんなさい』に『ごめんなさい』ご『ごめんなさい』め『ごめんなさい』ん『ごめんなさい』な『ごめんなさい』さ『ごめんなさい』い『ごめんなさい』。『ごめんなさい』お『ごめんなさい』と『ごめんなさい』う『ごめんなさい』と『ごめんなさい』を『ごめんなさい』を『ごめんなさい』い『ごめんなさい』け『ごめんなさい』に『ごめんなさい』つ『ごめんなさい』き『ごめんなさい』お『ごめんなさい』と『ごめんなさい』し『ごめんなさい』た『ごめんなさい』の『ごめんなさい』は『ごめんなさい』わ『ごめんなさい』た『ごめんなさい』し『ごめんなさい』で『ごめんなさい』す『ごめんなさい』。
ちいさな文字が蟲の世に踊っていた。
今にも文字が古い紙からこぼれだして指先に這い回る様子を錯覚する。
写真をつまむ親指の爪の付け根のあたりから、僕の皮膚の下に、骨の中に言葉の蟲がざわざわと入りこんで、這いずり回る。
手首の内側までその感覚がまわって、手首の内側を掻き毟ろうとしたとき、またあのパタパタと軽い足音が聞こえた。
足音はちょうど部屋の前から聞こえる。
パタパタという足音はいつものようにすぐに遠ざかっていかずに、何度も部屋のすぐ外を往復している。
もしかして、待っていてくれている?
僕はさっきまでの全身を掻きむしりたくなるような感覚を忘れて、そっと写真をもどし、部屋の外へと抜けた。
白くてやわらかそうなほっぺをした男の子だ。
子供って、子供独特の動きをする。なんだろう、身体が発達途中のせいか大人と同じようにしていても、同じ動きにならない。
逆もまたしかり。
関節とか筋肉とかの動きが違うのか、よく、お笑いとかで子供の真似をする芸人もいるが、彼らはあえて、身体の関節やら筋肉に制限をかけた動き方をする。ただ、それでも十分に再現しきれていない。
さっき走り去っていった男の子にも同じ違和感があった。
違和感を感じるを日本語として正しくないという人間がいるが、違和感は感じる方が実際の感覚を正しく表せているような気がする。
そこにあるのではなく、気持ち悪い感じを感じるんだ。
まあ、それもそうだろう。
この家には男の子なんて住んでいないはずなんだから。もちろん、誰かの孫なんてこともなさそうだ。
来客が来るなんて話も聞いていないし、玄関にはいつもどおり、僕のくたびれたコンバースのスニーカーに、マチコの赤いハイヒールにいちごのロッキンホースバレリーナそれに、サクラのバレーシューズしかなかった。
ちいさな子供の靴なんて影も形もなかった。
あっ、まただ、またあの軽い足音が聞こえる。
パタパタと軽い足音だ、僕はよく耳を澄ませて足音の方向を確かめる。
薄暗い廊下なのでできるだけ目を凝らして、落ち着こうとする。
白い小さな足が見えた。なんだか、僕はその足に見覚えがあるような気がした。
ちいさな足音はぱたぱたとこちらに近づき、前を通り過ぎるけれど、なぜか僕はその男の子の姿をはっきりと捉えることができない。
彼はパタパタと廊下を走り、階段をおりていく。
トテトテと片足を一段下すと、もう片方の足もその団に卸す折り方がなんとも子供らしい。
ちょっとしたぎこちなさがなんともまもってあげたくなる。
僕は、彼の邪魔をしないようにゆっくりゆっくり音を立てずに階段を下りていく。
男の子は最後のいちだんだけせーのでジャンプしておりる。見事に着地。姿勢も完璧だし、着地のあとにあげた両手は指先までピンと伸びている。
僕が思わずパチパチと拍手をすると、男の子は一瞬だけびっくりしたあとはにかんだように笑った。また、パタパタと走り始めたけれど、今度は追いつけるくらいゆっくりだった。
男の子は今度はある部屋の前でぴたりと止まってこっちを確認してから中にはいっていった。
曇りガラスの扉の部屋。
マチコの部屋だ。
マチコか。勝手に部屋の中を覗いたら怒られそうだ。
だけれど、男の子も気になる。
僕は迷いながらも、音を立てないようにその扉を通った。
マチコのことだから壁紙はピンク色とか赤かなと思っていたけれど、そこは絵本にでてくる青空みたいな淡く綺麗な水色と白で統一されていた。
床も天井も壁も全ん淡い空の色だ。
僅かにある家具は白で統一されている。
白い椅子とテーブルと低めの箪笥が一つ。
箪笥の上はドレッサーとしても使われているのか、化粧品の瓶が並べられていた。
まあ、何よりも印象的なのは部屋の真ん中に置かれたバスタブだ。
僕はできるだけバスタブを意識の外に追い出す。
まさか、さっきの男の子バスタブにはいってたりしないよね。怖いんだけど。
ふと、そんなことを考える自分に苦笑いする。
気が付くと男の子はドレッサーの上のアクセサリーがはみ出している箱をいじっている。
ジュエリーケースってやつだろうか。小さな箪笥みたいにいくつかの引き出しがあって、上が両開きになっている。内側はワイン色のビロードの布が貼られていて、高級感がある。
そこから、こぼれる真珠のネックレスやら無造作に置かれた大きな石の指輪。なんともマチコらしくちょっと雑だけれど、それがなんともお洒落だ。
いろんな色の小瓶がおかれ、それらが淡い虹色の光をはなっている。
とても女の子らしい部屋だ。
人魚のお姫様の部屋みたいだ。
地上の穢れを知らない女の子の部屋。
僕はゆっくりとそこにたっだよう、静かでさわやかな香りを楽しむ。
特にバスタブのすぐそばに置かれた塩の結晶がたくさん詰められた瓶と同じ香りだ。
気が付くと男の子はマチコの宝石箱にいたずらをしていた。
無造作に置かれているから元通りにするのはとても難しいというのに。
男の子は宝石箱の引き出しを開けたり閉めたりする。
引き出しを開けるとオルゴール音が聞こえる。
金属の突起をはじく高く可愛らしい音を久しぶりに聞くとなんだか胸が切なくなる。
ちょっとだけかわいらしさの中にちょっとだけ耳に障る独特の音。ずっと僕の耳に届かなかった音まで聞こえて、なんだか色んな記憶がよみがえってきそうなきがした。僕自身でも忘れてしまっているような記憶まで。
僕が目をオルゴールの音に聞き入っていると、男の子はどこかに行ってしまっていた。
もちろん、オルゴールはなっているので、引き出しはあけっぱなしだ。
僕はしかたなく、引き出しをしめようとすると、古い封筒が落ちていた。
おそらく、男の子がいたずらした時に落としてしまったものだろう。
僕は封筒を破いたりしないようにできるだけ丁寧な手つきで拾う。
最近は力の加減がうまくいかないこともあったが、驚くほどスムーズに拾うことができて驚く。指先の震えもない。
思った通りにもろくて薄い紙をつかむことができる。
だけど、油断していたことに封筒の封が開いていて、中身がこぼれおちた。
茶色く色が変わった焼け焦げが付いた新聞記事と古いセピア色の写真。
どちらも恐ろしく古い。
男の子は目がくりくりしてとても可愛らしかった。
見たこともないくらい、可愛らしい男の子だった。
どことなくマチコににているような気がした。
いたずらっぽく輝く瞳と、自身たっぷりの笑顔。八重歯がのぞいているのもそっくりだ。
マチコの家族かな。
僕はマチコの心をのぞいてしまったみたいになって気まずくなり、そっと封筒に入れようとしたときに気づく。
写真の裏側はまっくろだった。
いや、正確いには真っ黒になるくらい小さな字が何度も何度も書き込まれていた。
『ごめんなさい』わ『ごめんなさい』た『ごめんなさい』し『ごめんなさい』が『ごめんなさい』お『ごめんなさい』と『ごめんなさい』う『ごめんなさい』と『ごめんなさい』を『ごめんなさい』こ『ごめんなさい』ろ『ごめんなさい』し『ごめんなさい』ま『ごめんなさい』し『ごめんなさい』た『ごめんなさい』。『ごめんなさい』ほ『ごめんなさい』ん『ごめんなさい』と『ごめんなさい』う『ごめんなさい』に『ごめんなさい』ご『ごめんなさい』め『ごめんなさい』ん『ごめんなさい』な『ごめんなさい』さ『ごめんなさい』い『ごめんなさい』。『ごめんなさい』お『ごめんなさい』と『ごめんなさい』う『ごめんなさい』と『ごめんなさい』を『ごめんなさい』を『ごめんなさい』い『ごめんなさい』け『ごめんなさい』に『ごめんなさい』つ『ごめんなさい』き『ごめんなさい』お『ごめんなさい』と『ごめんなさい』し『ごめんなさい』た『ごめんなさい』の『ごめんなさい』は『ごめんなさい』わ『ごめんなさい』た『ごめんなさい』し『ごめんなさい』で『ごめんなさい』す『ごめんなさい』。
ちいさな文字が蟲の世に踊っていた。
今にも文字が古い紙からこぼれだして指先に這い回る様子を錯覚する。
写真をつまむ親指の爪の付け根のあたりから、僕の皮膚の下に、骨の中に言葉の蟲がざわざわと入りこんで、這いずり回る。
手首の内側までその感覚がまわって、手首の内側を掻き毟ろうとしたとき、またあのパタパタと軽い足音が聞こえた。
足音はちょうど部屋の前から聞こえる。
パタパタという足音はいつものようにすぐに遠ざかっていかずに、何度も部屋のすぐ外を往復している。
もしかして、待っていてくれている?
僕はさっきまでの全身を掻きむしりたくなるような感覚を忘れて、そっと写真をもどし、部屋の外へと抜けた。
