金平糖の星屑が二人の熱でとけて、甘い綿菓子になってふわふわと二人の世界を包み込む。とても幸せそうで、とってもあたたかかった。
そんな甘い時間を語るとき、お母さまの目はどこか遠くの世界を見つめていた。確かにここにいるはずなのに、いなかった。すぐ手を伸ばせば届きそうな距離にいるはずなのに、それさえもできない。あたしはただ、美しい声で小さな手帳を手に昔話をするお母さまの声に耳を傾け物語の甘い世界におぼれることしかできなかった。
砂糖水におぼれるのは普通の水に溺れるよりも心地がよい。
普通の水よりもやわらかくて体にすっとなじんでいく。
普通の水に溺れるよりも苦しくないし、自分がシロップ漬けの果物になったみたいな気分になれる。
甘い甘い甘い地獄は、ただの水よりも心地がよくてついついあたしは流れに身をまかせてしまう。
そうだ、そうだ、そうだおぼれている。
気が付くと弟の涙であたしも弟も梅の木たちもおぼれていた。
大きな池のある公園。
アヒルが泳いでアヒル型のボートもある。
池の端っこの方は緑色のもがたまっていて、ちょとだけなまぐさい。
梅の濃い匂いでおかしくなっていた鼻も、その生臭さだけは敏感にかぎ取るからいやになる。
弟の涙と鼻水のしょっぱい味が喉の奥につうんとひびく。
あたしは泳げるけど、弟は泳げない。
ああ、弟は死んじゃうんだなとあたしは思った。
弟が死んだとき、お母さまは笑った。
いままでの表情が泣き顔だったんじゃないかと思うくらい嬉しそうに。
「これであの人ももどってくる」っていっていた。弟は行ってしまったのに。
お父さまとの日曜のお出かけもなくなった。
日曜日に詰まっていた素敵なものは消えていった。バスケットいっぱいのごちそうも、紅茶の魔法瓶にビスケットにお酒の小瓶。すべてはもとからなかったように消えてしまった。
当然の罰なのかもしれない。
だけれど、その代わりに静かな日曜日がはじまった。
日曜日にえらそうなお父さまが「おい、新聞」とちょっと怖そうな声で言う。ソファーにどっかりと座った姿はとても不機嫌で大きく見えた。
だけれど、お母さまはうれしそうに「はい、はい」といいながら、新聞にアイロンをかける。前に映画でみた、海外のお金持ちの人の家来みたいに、アイロンを取り出してパリッとさせる。なんだか夫婦じゃないみたいと思ったけれど、お母さまはとても楽しそうだった、
でも、慣れないことをしているせいか、新聞には必ず焼け焦げができていた。
あたしの子供時代はそうやって静かな日曜日が何度も繰り返されうちに終わった。
今記憶の糸を手繰り寄せると、あたしは二つの真実に気づく。
あの時いた、女の人はお母さまではなかったこと。
お母様はおっちょこちょいで新聞を焦がすような女性ではないこと。
お母様は決して美人ではない。
美しい声や優雅な仕草、品のいいお洋服や高価な宝石をもっていたけれど、決して美人と呼ばれる容姿をもっていなかった。
そして、これはあの男の推測だが、弟は半分しかあたしの弟ではなかった。
あの男は信じられなくらい悲しそうな顔をしてこう言った。
「もう忘れるといいよ」って。
あたしは今でも、化粧を落とした自分の顔が嫌いだ。
母に似ている美人ではない顔。
濃い化粧でごまかしてはいるけど、夜化粧を落とすと思い出す。
そうすると喉が渇いて息ができなくなる。夜になるともっと氷が欲しくなる。
ああ、そうだ。あの男に一度化粧を落とした姿を見せたことがあった。
男はちょっとびっくりした顔を見せたが優しくこちらをみて微笑んだ。
その表情が可愛かった弟にそっくりでだきしめたくなった。
もしかしたら、本当に、本当に、本当にちょっとだけあたしはあの男のことが好きだったかもしれない。
だけど、これはカナエさんの望んでいることなんだ。
あたしにはもう普通の生活は残されていない。
あたしに残されたのはカナエさんとバラバラの死体だけだ。
私は死体の頭を抱え、彼の部屋へと向かった。
そんな甘い時間を語るとき、お母さまの目はどこか遠くの世界を見つめていた。確かにここにいるはずなのに、いなかった。すぐ手を伸ばせば届きそうな距離にいるはずなのに、それさえもできない。あたしはただ、美しい声で小さな手帳を手に昔話をするお母さまの声に耳を傾け物語の甘い世界におぼれることしかできなかった。
砂糖水におぼれるのは普通の水に溺れるよりも心地がよい。
普通の水よりもやわらかくて体にすっとなじんでいく。
普通の水に溺れるよりも苦しくないし、自分がシロップ漬けの果物になったみたいな気分になれる。
甘い甘い甘い地獄は、ただの水よりも心地がよくてついついあたしは流れに身をまかせてしまう。
そうだ、そうだ、そうだおぼれている。
気が付くと弟の涙であたしも弟も梅の木たちもおぼれていた。
大きな池のある公園。
アヒルが泳いでアヒル型のボートもある。
池の端っこの方は緑色のもがたまっていて、ちょとだけなまぐさい。
梅の濃い匂いでおかしくなっていた鼻も、その生臭さだけは敏感にかぎ取るからいやになる。
弟の涙と鼻水のしょっぱい味が喉の奥につうんとひびく。
あたしは泳げるけど、弟は泳げない。
ああ、弟は死んじゃうんだなとあたしは思った。
弟が死んだとき、お母さまは笑った。
いままでの表情が泣き顔だったんじゃないかと思うくらい嬉しそうに。
「これであの人ももどってくる」っていっていた。弟は行ってしまったのに。
お父さまとの日曜のお出かけもなくなった。
日曜日に詰まっていた素敵なものは消えていった。バスケットいっぱいのごちそうも、紅茶の魔法瓶にビスケットにお酒の小瓶。すべてはもとからなかったように消えてしまった。
当然の罰なのかもしれない。
だけれど、その代わりに静かな日曜日がはじまった。
日曜日にえらそうなお父さまが「おい、新聞」とちょっと怖そうな声で言う。ソファーにどっかりと座った姿はとても不機嫌で大きく見えた。
だけれど、お母さまはうれしそうに「はい、はい」といいながら、新聞にアイロンをかける。前に映画でみた、海外のお金持ちの人の家来みたいに、アイロンを取り出してパリッとさせる。なんだか夫婦じゃないみたいと思ったけれど、お母さまはとても楽しそうだった、
でも、慣れないことをしているせいか、新聞には必ず焼け焦げができていた。
あたしの子供時代はそうやって静かな日曜日が何度も繰り返されうちに終わった。
今記憶の糸を手繰り寄せると、あたしは二つの真実に気づく。
あの時いた、女の人はお母さまではなかったこと。
お母様はおっちょこちょいで新聞を焦がすような女性ではないこと。
お母様は決して美人ではない。
美しい声や優雅な仕草、品のいいお洋服や高価な宝石をもっていたけれど、決して美人と呼ばれる容姿をもっていなかった。
そして、これはあの男の推測だが、弟は半分しかあたしの弟ではなかった。
あの男は信じられなくらい悲しそうな顔をしてこう言った。
「もう忘れるといいよ」って。
あたしは今でも、化粧を落とした自分の顔が嫌いだ。
母に似ている美人ではない顔。
濃い化粧でごまかしてはいるけど、夜化粧を落とすと思い出す。
そうすると喉が渇いて息ができなくなる。夜になるともっと氷が欲しくなる。
ああ、そうだ。あの男に一度化粧を落とした姿を見せたことがあった。
男はちょっとびっくりした顔を見せたが優しくこちらをみて微笑んだ。
その表情が可愛かった弟にそっくりでだきしめたくなった。
もしかしたら、本当に、本当に、本当にちょっとだけあたしはあの男のことが好きだったかもしれない。
だけど、これはカナエさんの望んでいることなんだ。
あたしにはもう普通の生活は残されていない。
あたしに残されたのはカナエさんとバラバラの死体だけだ。
私は死体の頭を抱え、彼の部屋へと向かった。
