シェアハウスの君と

 お母さまはどうして弟を連れてきたんだろう。前に文句をいったら、連れてきたのはあたしじゃないわと冷たい目で睨まれたっけ。そういえばあの時もスミレ色のスカートをはいていた。
 お母さまは美しい。
 お母さまはあたしにこう言い聞かせる。人間はみためじゃなくて中身よと。
 あたしの髪をとかしながらそう静かにお話してくれる。
 可愛いお姫様が、おばかさんだったせいで毒りんごをたべて死ぬ話とか。
 美人な女の子が、親切な魔法使いにガラスの靴とドレスをもらって舞踏会にいくけれど、ガラスの靴を割ってしまうお話。
 美しい長い髪をミスの間からちらつかせて、求婚されるも、無理難題をかけすぎて結婚できず故郷の何もないウサギと餅の世界に帰る話。
 お母さまは毎晩素敵な声で物語を聞かせてくれた。
 ハチミツをたらしたホットミルクみたいな甘い声は耳から入り込み、あたしの血となって体中をめぐる。そういえば牛乳って牛の血からできているんだっけ?
 あたしの身体をめぐる血はそんなお母さまの物語が含まれている。甘く、甘く、甘く味付けされた残酷な教訓がそこには流れ続けている。
 お母様はいつだって、いつだって、いつだって美しい。
 毎日、毎日、毎日、完璧にお化粧をする。緑色のクリームから塗り始めて、何層にも何層にも何層にも微妙に違う色を重ねる。完璧な白い肌ができあがるまで、お母さまは沢山の色を塗り重ねる。
 きれいな色のお洋服もたくさんもっている。とくに好きなのがスミレ色。スカートはとてもきれいな春の色をしている。春の色っていうと、普通はピンクとかを想像するかもしれないのにお母さまにとってはスミレの色だということだ。ちょっとほかの人とは違うところもとてもお洒落だ。でも、お洒落の為に黒い服を着るわけじゃないことも気に入っている。
 きれいな色をきているのに人とは違ってお洒落なことは自慢だし誇らしかった。
 髪だってとっても綺麗だ。真っ黒でつやつやとした髪の毛は本当に、本当に、本当に素敵だ。

 そんな素敵なお母さまはあたしの髪をとかしながらお話を聞かせてくれた。そして、寝る前には昔話を聞かせてくれた。
 登場人物は男と女。二人とも若くて裕福で幸せだ。二人は物語のなかのお姫様たちより幸せな日々を送るのだ。以前、ふと気になって、「この物語の男の人ってお父さまのこと?」と聞いたとき母はにっこりと微笑んで頷いた。
 夜、眠る前に聞く素敵な昔話があたしは物語よりもだい、だい、だいすきだった。
 昔話はいつだって、「今よりほんのちょっぴり昔の話……」そんな始まりをお母さまがちょっと恥ずかしそうにかすれた声で読み上げるところからはじまる。
 二人でアイスクリームを食べた話。アイスクリームの冷たさにびっくりして女の人はスカートにアイスクリームをこぼしてしまったけれど、男の人が同じスカートを二枚したててくれた話。もちろん、スカートの色はスミレ色だ。
 二人でデパートにいって女の人の為に男の人はその店で一番香りがよくて一番素敵な飾りの香水瓶をかってあげた話。なんと、男の人はその香水を二つ買って、一つを女の人に。もう一つをお母さんにプレゼントしたらしい。とても、やさしいんだなと思った。
 男の人と女の人が映画を見に行く話。映画を見に行くのは素敵なことだ。映画館の帰りに女の人はお汁粉を、男の人はあんみつをたべて、映画の話をいつまでも続けたらしい。
 そっくりな昔話はいくつもあるけれど、同じ昔話がされることはなかった。
 同じようでも必ず何かが違うのだ。お話をきいていて、「この前といっしょ?」とお母さまに聞くと、お母さまはとても不機嫌そうに、「いいえ、ぜんぜん違うわ」と首を横に振る。その時のお母さまの表情は驚くほど固い。
 でも、二人のデートはとても楽しそうだった。
 男の人も女の人もとても幸せな瞬間を過ごしていることが分かった。
 ささやかな幸せ。
 そんな言葉が似合いそうなくらいささやかな日常の積み重ねの先に二人の強く熱い愛情を感じた。