子供の頃の楽しかった思い出。
そんなくだらないことをあの男に話したことがあった。なぜだか、あの男と弟があたしに似ているように思ったからだ。
優しそうな眼差しに、やわらかそうな髪、そしてのんきな声。
あたしの家は比較的、当時としては比較的裕福な方だったんだと思う。
いつだって、他の子がもっていなかったり、持っていたとしてもよそ行きにする用のワンピースを着せてもらっていたから。白いパリッとした生地に、襟はセーラーカラーになっていて、チョコレート色のリボンで縁取りがされているワンピースが特にお気に入りだった。ボタンもチョコレート色で一番上だけブローチみたいに蝶々の形をしていた。
あたしは日曜日にお出かけをするとき、いつもそのワンピースを着ていた。
ワンピースの後ろの大きなリボンをお父さまに結んでもらって、バスケットを持つ。もちろん、重いのですぐにお父さまにバトンタッチするけれど。
バスケットの中身は素敵なお弁当が詰まっている。
卵のサンドウィッチに、ニンジンのサラダ。温かい紅茶がたっぷり入った魔法瓶にビスケット。ビスケットはとっても大きくてきちんと丸い。そして、ぷつぷつとした穴が行儀よく並んでいる様子がなんだかおもしろくて仕方がなかった。
あと、お父さまように小さなお酒の入った小瓶。映画に出てくるみたいな、お洒落で小さな平たい瓶にお父さまのお気に入りのお酒が入っている。甘くて濃密な香りにつられて、実は、こっそり、なめたことがあるけれど、ベロにピリリと電流がはしってびっくりした。大人が雷を怖がらないのにも納得した。雷は口の中にお薬とはちょっと違う苦さとピリピリとした刺激を唇にのこして喉を滑り落ちると、お日様を飲み込んだみたいにお腹があたたかくなった。
ぽわぽおわとあたたかい生き物がお腹の中にいるみたいでなんとも心が安らいで同時にとても楽しくなった。
あの日はとても良い香りのする一日だった。
あまったるい花の香り。
あの日、あたしたちは梅を見にいった。
真っ白いのやら淡いピンク色やら濃い紅色までいろんな梅の花が咲いていた。たいていは白い花びらでほんのりと真ん中のあたりがピンク色に霞んでいた。
たくさんの人がいて、お星さまと同じくらいあるんじゃないかと思えるくらいの花をながめてため息をついていた。きっととても良い香りもしていたのだろう。
弟もあたしも周りの人にならって上を見つめる。いくつもの白い丸がちょっとだけ灰色がかった水色のそらに散っていてなんだか、不思議な光景だった。
上を見続けるのは疲れてしまい、手をつないでいた弟にもうやめようと言おうとしたら気が付いたら弟は一緒に歩いていた母のお気に入りのスミレ色のスカートのすそを離してしまっていた。
「なにしているのよ! この愚図!ばか、のろま」
気が付くとあたしは弟に罵声をあびせていた。
不安だったのだ。大きな白い点々が浮かぶ世界に幼い弟と二人取り残されたみたいで。もうすぐお腹もすく時間だし、列車のチケットも持っていない。なぜだかあたしはここにおきざりにされて一生帰れないような気がしたのだ。
あと、あたしは別に弟のぼんやりとした言動に時々いらだつこともあったけれど、愚図ともばかとも思っていなかった。ただ、人を罵る言葉をこれしかしらなかったのだ。あたし自身とくに、言葉の意味も分かってなかった。
だけれど、弟はその言葉の持つ凶暴性に気づいてか、または、単にあたしの形相が怖かったからか泣き出してしまった。
今でもそうだが、あたしは泣いている子供が大嫌いだ。
勢いあまって子供が大嫌いと言ってしまうくらい、泣いている子供が嫌いだ。
あの水分を大量に含んで鼻水や涙を平気で垂れ流すようすも、あの熱をもっていてとろけ落ちそうなめんたまも。
梅干しみたいにくしゃくちゃで赤黒い顔もだい、だい、だいっきらいだ。
それにあの泣き声、聞いているこちらが不安でおかしくなりそうだ。あたしまで泣きたくなる。
あの熱と水分であたしまでぐちゃぐちゃになってしまいそうになる。
頭の中をかき混ぜられているみたいな気分になってしまう。
ああ、ああ、ああ、どうしよう。
もうイヤ、もうイヤ、もう嫌だ。
そんなくだらないことをあの男に話したことがあった。なぜだか、あの男と弟があたしに似ているように思ったからだ。
優しそうな眼差しに、やわらかそうな髪、そしてのんきな声。
あたしの家は比較的、当時としては比較的裕福な方だったんだと思う。
いつだって、他の子がもっていなかったり、持っていたとしてもよそ行きにする用のワンピースを着せてもらっていたから。白いパリッとした生地に、襟はセーラーカラーになっていて、チョコレート色のリボンで縁取りがされているワンピースが特にお気に入りだった。ボタンもチョコレート色で一番上だけブローチみたいに蝶々の形をしていた。
あたしは日曜日にお出かけをするとき、いつもそのワンピースを着ていた。
ワンピースの後ろの大きなリボンをお父さまに結んでもらって、バスケットを持つ。もちろん、重いのですぐにお父さまにバトンタッチするけれど。
バスケットの中身は素敵なお弁当が詰まっている。
卵のサンドウィッチに、ニンジンのサラダ。温かい紅茶がたっぷり入った魔法瓶にビスケット。ビスケットはとっても大きくてきちんと丸い。そして、ぷつぷつとした穴が行儀よく並んでいる様子がなんだかおもしろくて仕方がなかった。
あと、お父さまように小さなお酒の入った小瓶。映画に出てくるみたいな、お洒落で小さな平たい瓶にお父さまのお気に入りのお酒が入っている。甘くて濃密な香りにつられて、実は、こっそり、なめたことがあるけれど、ベロにピリリと電流がはしってびっくりした。大人が雷を怖がらないのにも納得した。雷は口の中にお薬とはちょっと違う苦さとピリピリとした刺激を唇にのこして喉を滑り落ちると、お日様を飲み込んだみたいにお腹があたたかくなった。
ぽわぽおわとあたたかい生き物がお腹の中にいるみたいでなんとも心が安らいで同時にとても楽しくなった。
あの日はとても良い香りのする一日だった。
あまったるい花の香り。
あの日、あたしたちは梅を見にいった。
真っ白いのやら淡いピンク色やら濃い紅色までいろんな梅の花が咲いていた。たいていは白い花びらでほんのりと真ん中のあたりがピンク色に霞んでいた。
たくさんの人がいて、お星さまと同じくらいあるんじゃないかと思えるくらいの花をながめてため息をついていた。きっととても良い香りもしていたのだろう。
弟もあたしも周りの人にならって上を見つめる。いくつもの白い丸がちょっとだけ灰色がかった水色のそらに散っていてなんだか、不思議な光景だった。
上を見続けるのは疲れてしまい、手をつないでいた弟にもうやめようと言おうとしたら気が付いたら弟は一緒に歩いていた母のお気に入りのスミレ色のスカートのすそを離してしまっていた。
「なにしているのよ! この愚図!ばか、のろま」
気が付くとあたしは弟に罵声をあびせていた。
不安だったのだ。大きな白い点々が浮かぶ世界に幼い弟と二人取り残されたみたいで。もうすぐお腹もすく時間だし、列車のチケットも持っていない。なぜだかあたしはここにおきざりにされて一生帰れないような気がしたのだ。
あと、あたしは別に弟のぼんやりとした言動に時々いらだつこともあったけれど、愚図ともばかとも思っていなかった。ただ、人を罵る言葉をこれしかしらなかったのだ。あたし自身とくに、言葉の意味も分かってなかった。
だけれど、弟はその言葉の持つ凶暴性に気づいてか、または、単にあたしの形相が怖かったからか泣き出してしまった。
今でもそうだが、あたしは泣いている子供が大嫌いだ。
勢いあまって子供が大嫌いと言ってしまうくらい、泣いている子供が嫌いだ。
あの水分を大量に含んで鼻水や涙を平気で垂れ流すようすも、あの熱をもっていてとろけ落ちそうなめんたまも。
梅干しみたいにくしゃくちゃで赤黒い顔もだい、だい、だいっきらいだ。
それにあの泣き声、聞いているこちらが不安でおかしくなりそうだ。あたしまで泣きたくなる。
あの熱と水分であたしまでぐちゃぐちゃになってしまいそうになる。
頭の中をかき混ぜられているみたいな気分になってしまう。
ああ、ああ、ああ、どうしよう。
もうイヤ、もうイヤ、もう嫌だ。
