シェアハウスの君と

「ねえ、お願いがあるの」
 鈴を転がすような上品な声があたしの耳にここちよく響く。
 カナエさんだ。
 あたしにとって数少ない信用できる特別な人。
 いつも上品な服をきて、笑顔を絶やさない。
 正直いって、嫌いなタイプの人種だ。
 だって、上品な洋服はいかにもお嬢様って感じだし、笑顔だって余裕のあらわれだ。
 彼女みたいな特別な人間はきっと檻に気づくことなんてないだろう。ただ、美しいものとやわらかい綿に包まれたような生活が彼女を作り上げているとおもうと憎らしかった。
 どうせ彼女の世界にはあたしのような人間は存在しないのだ。
 彼女にとってあたしは虫けら以下の存在のはずだ。
 彼女みたいな人間とは町で偶然すれ違うこともまれで、すれ違っても彼女はあたしの存在には気づかないそう思っていた。

 だけど、カナエさんは違った。

 カナエさんは特別だ。
 優しくて思いやりがあって、遠くを見通せる目を持っている。
 そして、彼女の透明な檻も壊れていた。

 大抵の人は透明な檻を壊されたとしても、その中にとどまり続ける。
 だって、他の人には見えないから。あるようにふるまい続ければ、壊れていない人と同じだ。自分の行動を縛り付けて、外からじろじろと見られ続ければ何も変わらない。
 何も変わらない閉じ込められた日常がそこには続く。
 そのまま、自分の心の奥に閉じこもり続ければ新しい檻の完成。

 だけれど、カナエさんは違った。
 透明な檻があるふりをしながら、時々、外の世界を歩いていた。

 昼間は誰よりも頑丈で上等で美しい透明な檻に閉じ込められたお嬢様。宙につられた檻のなか、彼女の姿を見ることがかなうのはごく一部の選ばれた人間だけだ。
 夜には色んな檻を覗き込む。大きくて広い虎の檻から、小さく粗末なネズミの檻まで、次から次へと覗き込む。虎にはそっと唇だけで愛をささやき、ネズミを優しく抱く。
 カナエさんは本当に不思議な人だった。

 誰よりも純粋で、誰よりも汚れている。
 そんな彼女をしってから、あたしは彼女に夢中になった。

 カナエさんに一緒に住むことを提案されたときは天にも昇るような気がした。

 あたしは彼女のダイヤモンドになることはできないけれど、一番の理解者になれると思った。
 あたししかいないと。

 あたしの家はここしかない。