シェアハウスの君と

 男なら生きやすいというのは幻想だと気づいたのは、透明な檻を壊した瞬間からだ。
 いや、壊されたというべきだろうか。
 あたしはそのことにより多くのことを失ったけれど、その代わりに外にでるという自由も手に入れることができるようになった。
 檻がなくなったことによって、あたしはもう守らなければいけないものもなくなっていた。
 檻に入っていないあたしを何人もの男が通りすぎていった。
 色んな男がいた。
 みんなあたしにお金やドレスに宝石を与えてくれたけれど、それはあたしの身体に価値を見出しただけで、だれもあたしの心には一銭も払ってくれなかった。
 あたしの心は彼らにとって無価値なのだ。
 朝の陽ざしに、毎日出窓のところにやってくる小鳥と分け合って食べる朝食のパンの味、ちょっとだけ上等にできたハンカチの刺繍。そんなことは彼らには無価値なのだ。
 あたしの小さな喜びなんていうのは彼らにとってはないものなのだ。
 子供の頃の思い出も、将来に対する希望も不安も彼らの中のあたしには存在しない。
 あたしの存在価値は身体だけ。
 ただ、大げさなくらいに飾りたてて微笑む人形それがあたしだ。彼らに一夜の夢を見せる。
 いくつもの夢の一夜を繰り返しているうちに気づいたことがある。彼らも透明な檻に入れられていると。
 彼らの檻はあたしの檻よりもずっと広いけれど、ずっと頑丈だ。
 あたしのように誰かに壊されて逃げることも適わない。
 永遠に彼らも閉じ込められ続ける。
 世界が果てしないなんて勘違いだったのだ。
 男の子が自由に見えたのはただ、彼らの壁にぶつかるまでの距離があたしのものよりも長かっただけで、別に果てしないわけではない。
 社会に生きている人はみんな檻に閉じ込められている。
 そう気づいたとき、あたしはなんだかちょっとだけ安心した。

 あたしだけが見世物になっているわけじゃないのだ。
 街であたしを見ないふりをしながら見下す上品な服を身に着けた貴婦人も、あたしのことをいやらしい目で値踏みする上等なスーツに身を包んだ男たちもみんな、みんな、みーんな檻の中にいるのだ。
 あたしを好奇な目で見ていても、檻に入れられているのは彼らなのだ。
 あたしは、見られている。けれど、彼らはあたし以上に自由がなくて、動物園の動物と同じ身分なんだ。
 とっても哀れだ。ざまあみろ。
 どんなに立派な爪や牙をもっていても、彼らは檻からでることができない。
 檻の外を歩くあたしを捕まえておくことなんてできやしないんだ。
 彼等にあたしをこれ以上傷つけることはできない。
 一つ一つの檻を挑発しながら歩こう。
 そして、あたしは今日も男たちにキスをする。