シェアハウスの君と

 あたしは氷が大好きだ。
 だって、キラキラしてダイヤモンドみたい。それにとても大きい。
 お酒をかけて表面を溶かしたものに薄暗い照明をあてると夢を見ているみたいな気分になれる。
 これからイヤなことがはじまるってわかっていても、これを見ていると気分がすうっと楽になる。
 氷の表面でお酒が虹色の帯を作り、絡まっていく。
 気づくとあたしの身体も目の前のお客さんに絡めとられている。
 男の人はやたらと体温が高い。
 すべてが熱いのだ。
「温かい」とか「人のぬくもり」なんて表現するコもいるけれど、あたしにとってはそれは「熱い」のである。
 熱い手が形式ばかりにあたしを撫でまわす。
 熱い舌があたしの乳房を舐めまわす。
 熱くて仕方がない。気が付くと体の中に他とは比べ物にならない熱が入ってきて、体の内側から火傷するんじゃないかと思い意識が飛ぶ。
 目が覚めると頭のなかまで煮えていて、あたしの目は半熟卵のようにトロンとしている。
 そんなあたしの姿を男たちは服を着ながら満足そうに鑑賞する。
 別にいいけどさ、さっきあんた「ママ……」なんていいながら果てたくせに。マザコンめ。キモイんだよ。男が出ていったあと、あたしは手帳にメモをする。今日の稼ぎとお客さんを。お客さんのことはできるだけ特徴をとらえてメモをつくることにしている。以前容姿だけでみて『ハゲ、メガネ』って書いてたら誰がだれだか分からなくなってしまったことがあるから。お客さんのデータはしっかり残すようにした。
 お気に入りの手帳にしっかりと書き込む。ティファニーブルーの手帳カバーがこだわりだ。
 可愛いけど可愛すぎなくて、ちょっとだけ知的な感じがする。
 銀色のペンで几帳面にデータを書いていると、ちょっとだけ充実した気分になれる。
 仕事したんだなあって実感できる。お気に入りのマスキングテープとシールで飾り付けて完了だ。
 本当はスマートフォンとかで管理した方が、管理も楽だし、大量のデータを残せるし、なくす心配がない。それに、万が一死んじゃったときも人にそこまで見られる心配がないのも魅力だ。あたしが死んじゃったとき、この手帳をみた親戚がどんな顔をすると考えるとちょっとだけ憂鬱になる。
 でも、これ一冊じゃないし、いまさらこの習慣を変えることができない。
 たまに他の女の子とおしゃべりをすると、自己管理ができなくなってしまい、稼いだお金もどんどん使っていってしまうってことも聞く。いくら稼いでいるかもわからずに、あるだけ使う。それでもほしいものが買えなければ借りてしまう。それを返すために働くけど、また別な何かに使ってしまい、気づくとお金が無くなっているという話をきく。そんな子は気づくと消えている。きっとどこまでも深い闇に落ち続けるのだろう。
 ふと、昔みた不思議の国のアリスを思い出す。もちろん本なんて読んでいない。ディズニー映画だ。アリスも金髪だった。可愛らしいお人形みたいな彼女がウサギを追って穴に落ちていく。落ちている間に彼女と一緒にいろんなものが落ちていく。座り心地のよさそうなロッキングチェアーに本がいっぱい詰まった本棚になんだか分からないインテリア。とてもきれいで奇妙な光景だった。穴に落ちるってどういう意味なのだろう。なにを暗示しているのだろう。チラリとみただけなのに、印象的なシーンが多くてやたらと覚えている。
 来た道を箒で消されたときはなんだか悲しくて仕方がなかった。
 なんだか、もう帰ることができないような気がした。

 少なくともあたしはこれ以上、堕ちない。
 だって、帰る家があるから。

 家があるから、あたしは自分を管理できている。
 ホストになんかお金をかけないし、ブランドものだって分不相応なものは買わない。
 これはビジネスだ。
 あたしはちゃんとしている。職業に貴賤はないっていうし。あたしは、大丈夫。大丈夫。

 あたしはシャワーを浴びてホテルを後にした。もちろん、石鹸は備え付けのものではなく、自分で持ち込んだ牛乳石鹸を使う。いつもと違う匂いがするのが嫌なのだ。昔からあるこの四角い石鹸が一番なじむ。

 どんなに遠くても帰れる場所があるって素敵だ。

 さあ、あたしの家に帰ろう。