シェアハウスの君と

 ギンガムチェックの大きな布を広げる。
 商店街のパン屋さんにお願いしたサンドウィッチのバスケットを確認する。一見、大きなパンだが、中身にはこのパンを器用にくりぬいて作った何種類もの味のサンドウィッチが詰められている。ターキーにトーストビーフ、チーズにトマト、もちろんピクルスは抜きでサクラが好きなものをいっぱい詰めてもらった。
 シャンパンではないけれどピンク色のスパークリングワインと瓶入りのミネラルウォーターも忘れない。
 お日様色のひざかけに、ちょっと高級なティッシュペーパーも忘れない。ティッシュは馬鹿みたいに高いがケースに書かれた鼻をピンク色にしたモフモフのウサギがとても可愛らしい。
 ささやかでロマンチックにしたかった。
 お金をかけたレストランではなく、お洒落だけれどロマンチックにしたかった。
 海外のキネマのように。
 正直、彼女の好みを気にはしたが、それは商店街の人々に聞いて教えてもらったし、買いそろえるのはそんなに難しいことではなかった。手作りで温かみのあるといってもお金を払えば準備ができるものばかりだ。彼女が普段から商店街で買い物をしていたおかげで彼女の好みがわかったのはありがたかったが。
 正直、ここにくるまで手作りの料理のぬくもりや美味しさを知らなかった僕では彼女を満足させられないことは分かり切っているので下手に料理するよりはましだと思っている。
 ただ、一つだけ手作りしたのはチョコレートストロベリーだ。
 外国の映画のロマンチックなシーンには欠かせない小道具。
 マチコに聞くと、生のいちごに溶かしたチョコレートをコーティングした食べ物らしい。どこで買えるかときいたら、「ハワイのゴディバ!」と返ってきたので僕が肩を落としていると、スマホでレシピを調べて教えてくれた。おかげで一つだけサクラのために僕が手間をかけたものができたので良かった。
 小さなアロマキャンドルに火をつける。
 ゆらゆらとどくとくの熱が空気を伝わってくる。
 太陽を溶かした滴みたいなそれはライトの人工的な灯りとはことなって、とても気持ちを穏やかにする。見つめていると、なんだか子供の頃を思い出す。
 太陽から滴った蜜がゆれるのをみているといつの間にかそこに黒い人影が浮かぶ。
 あれは、誰だろう?
 意識が蝋の中に溶け込んでポタリ、ポタリと炎の外に溶けだしていった。

「お待たせ」

 気が付くと目の前にはサクラがいた。真っ白な清楚な白いワンピースに薄いピンク色のショールを羽織っていた。髪には生の花が飾られているらしく、彼女が動くと微かに爽やかで甘い香りがした。
 サクラは天女みたいだった。
 とにかく目を細めたくなるくらい可憐で美しかった。

「なにこれ?すごい……」

 サクラは僕の準備をみて両手で口をふさぐ。目はキラキラしていて、その中にはしっかり蝋燭の炎もうつっている。どうやら喜んでくれたみたいだ。
 サクラにチェックの敷物の上に座るように促して、冷えないようにひざ掛けをかけてあげる。
 お皿とグラスを取り出して、サンドウィッチのリクエストを聞く。
 サンドウィッチは流石パーティー用とても豪華だ。
 サクラのグラスにシュワシュワパチパチとして泡を注ぎ入れる。ほんのりとしたピンク色が彼女のイメージどおりでとても似合っている。
 二人でカチンとグラスをぶつける。
 星屑をぶつけたみたいな高くて澄んだ音がした。
 ワインは甘くしゅわしゅわと泡がはじけるたびに僕たちの気分も舞い上がっていった。
 世界に淡い桜色のフィルターがかかる。
 まるで、お洒落な女の子のスマホの中の世界みたいだ。
 ふわふわとした気分でサンドウィッチをつまむ。ローストビーフには水でさらした玉ねぎとわさび醤油のドレッシングが和えられていた。
 サーモンのサンドウィッチには薄切りのレモンとパセリが添えられてパンにはバターではなくクリームチーズが塗られていた。
 チーズはトムとジェリーに出てくるみたいな。オレンジ色が強くて味もしっかりと濃厚だった。
 細切り人参とツナの組み合わせはとてもお洒落で体によさそうな味がした。
 色んなところに隠し味のように仕込まれたマヨネーズは爽やかなレモンの香りがしていてまろやかでなんとも言えない深みをだしていた。
 サクラも「美味しいね」といって微笑んでくれる。
 どうやら、僕の計画したサクラへのお礼はうまくいっているみたいだ。そう、思って安心するといつもと同じ他愛ない会話が続く。あと、いつもよりもちょっとだけ深い昔の話とか。
 最近読んだ小説に子供の頃大好きだった絵本のはなし。
 初めてお酒を飲んだ時の話に初めてアイスクリームを食べた話。
 初めて誰かを好きになった話から、今好きな人の話。
 正直に言おう、「僕はサクラが好きです」気が付くと僕はサクラにそういっていた。
 あまりにもまっすぐで芸がない。
 本当なら、映画とかのデートに誘ってディナーをごちそうしてからいうべきことなのに、僕は僕らの住むこのいつもの家の中でサクラに告白をしたのだ。今考えると馬鹿みたいだ。僕たちの日常のどまんなかで告白するなんて。もし、拒絶でもされたらそれが頭にこびりついて立ち直れず、もしかしたら僕はこの家を出ていくことになったかもしれないのに。
 でも、サクラは嬉しそうに微笑んだ。
 その微笑みはチョコレートのように甘く濃く僕の心を満たした。

 食事が落ち着き、デザートに花束のような形にイチゴを包んだチョコレートストロベリーをサクラに渡す。サクラが持つと可愛らしくて本当の花束みたいにみえるから不思議だ。
 サクラの紅い唇と苺の紅が重なる。艶々としたそれがそうっとサクラの中に入っていく。
 食事をしているだけなのになんだか官能的だった。
「美味しい」とサクラがまた微笑む。

 そんな彼女が愛おしくて、気づくと僕らはまたキスをしていた。
 幸せだった。
 頭の中が美酒とチョコレートでみたされている。
 くらくらするほど甘くて感覚をしびれさせる。
 もう、なにがなんだかわからない。
 夢と現実の区別もすごくあやふやだ。
 そうだ、夢と現実は二つのせかいじゃなくてほんとは一つの世界なんだ。人は寿命が二つあって夢と現実それぞれをいきるんだ。
 ああ、そうだ僕はサクラにいわなければいけないことがあるんだ。これを言わなければサクラに申し訳がたたない。
「サクラ、ごめん! 僕はずっと一つだけ嘘をついることがあるんだ。本当に申し訳ない!」

 僕の目から涙が流れる。が分からない。ただ、愛おしくて仕方なくて。あと、この家に住むたきっかけとなった嘘が僕の中では渦巻いている。ぐるぐると回って混ざり合っていく。
 ことばが泡になてはじけ出る。
 僕がついた嘘。サクラへの愛。昔、犯した罪。いろんな記憶がちいさな泡に包まれて吐き出される。苦しくて仕方がないけど、吐き出すとちょっとだけ胸のつかえがとれる感じがした。

 サクラはすべてを聞いてくれた。

 僕のその夜の記憶は笑顔のサクラの姿で終わっている。

 次の日の朝、僕が気が付くと、僕の部屋の真ん中には一人の老人の遺体があった。