シェアハウスの君と

 サクラはいつもと変わらずやさしく笑う。彼女が笑うと周りの温度が2℃くらい上がる。冷房が強すぎてペンギンが住めそうな図書館でも、雪の妖精が落ちてきそうな灰色の冬の空の下でもサクラが笑うとその場所だけ春になるのだ。

「元気になった?」

 笑顔だけでも、クラクラするほど可愛い
 でも、照れているのか耳たぶまで薔薇色に染まっている。
 頬も桃色に染まり、目は少しうるんでいて小さな小動物を思わせる。

「ねえ、……付き合ってくれない?」

 「えっ?」と、僕が思っているとサクラはキッチンに置かれていたカゴの手提げをもって外にでる。
 ああ、買い物につきあえってことか。
 ちょっとがっかりしたが、サクラと二人きりになれるのならば買い物でもなんでもついていく。たとえそれが下着売り場であってもついていきましょうとも。


 ――ねえ、今晩のごはんは何がいい?
 ーーライスカレーって古臭いいいかたね。でも、いいよ。足りないのは……えーっと、じゃがいもと人参かな?
 ――ついてきてくれてありがとう!重いからとっても助かったよ。
 ――あっ、ねえ、ちょっと寄り道しよ?お肉屋さんのコロッケ美味しいんだよ。
 ――はいっ、半分こ。ね、さっくさくでジューシー♪ソースたっぷりなんて幸せ。
 ――あ、そうだ。のども乾かない?ほら、こっちこっち。ここね、豆腐屋さんだけどね。ふふふ。
 ――じゃーん、都会のOLさんも大好き豆乳ラテでーす。大豆百パーセントだから、女性に嬉しい。自然な甘みが体に美味しいよ。

 近所の商店街に買い物にいっただけなのに、なんだかとてもデートぽかった。
 最近、商店街に行くことはあまりなかった。正直、コンビニやスーパーマーケットの方が便利で気楽だ。
 サクラと商店街で買い物をすると、すべてのお店の人が温かく声をかけてくれた。「夫婦かい?」なんて冷やかされながらも楽しかった。
 コンビニでも常連になればなんとなく顔を覚えてもらえることはあっても、声を掛けられるなんてことはない。わずらわしさがなくてどんなときでも買い物にいくことができる。どんなひどい顔やどんなだらしない顔をしていてもコンビニに行くことには抵抗がない。コンビニに存在するのは必要な品物とATMなのだ。そこに血の通った人はいない。その代わりこの上なく冷たくて清潔だ。やたらと明るい蛍光灯に白い床はピカピカと光を反射する。
 棚には次から次へと補充される商品。毎週あらたな顔に変わる新商品と新入りの店員。常になにかを恐れるように機械的に磨かれ循環され続ける世界。常に流れ続けるから、そこに沈む澱はない。常にライトに照らされてまわりつづける。そんな世界が心地よいと思っていた。
 しかし、サクラの世界を見るとちょっとだけそんな自分はまずしかったのかなあと後悔をした。
 毎日、毎日、毎日、積み重なっていく人と人のつながり。何が好きで何が嫌いか。髪型に顔色に彼女の家族。挨拶をして、品物を一つ買うたびに結びつきが強くなる彼女と商店街の人々の縁がしっかりと結ばれる。ちょっと落ち込んだ日や体調がすぐれない日には、そっと
 見守ってくれる。なにかいい事や嬉しい事があった日は、いっぱい声をかけて話を聞いてくれる。話すことは細切れだしちょっとしたことだけれど、それが積み重なって一人の人間の輪郭をしっかりと作り出す。
 人も物もあふれて流れる世界で自分の輪郭があいまいになっていく中で、誰かとつながることによってはっきりとした一人の人間が存在でいられる。
 そこにはコンビニという清潔な箱にはない、不思議な魅力があった。

 今日はサクラという一人の女性をはっきりとみたような気がした。
 いままで、まぶしくて目を細めてみていたその姿は、やっぱり美しくて愛おしかった。