シェアハウスの君と

「ねえ、ダイヤ氷買ってきてくれない?」
 マチコは僕の頬をなでながらそんなことをねだる。
 頬にのびた指の先が、いつも朱い色に染められている爪が、今日はとても落ち着いた色をしていることに気づいて僕はなんだかどきどきしてしまう。
 鋭く朱い爪を恐れるのは分かるが、今日の短く自然な爪の方が色っぽい。
 そういえば今日はなんだか化粧もしていないみたいだった。
 いつだって猫みたいな跳ね上がったアイラインを引いて、唇や爪には朱い色をまとっていて、強く蠱惑的な印象だったのに今日のマチコはなんというか……普通だ。
 髪なんて緩く三つ編みにし片方に流している。しかも、纏っているのはいつものけばけばした流行りの洋服ではなくて、寝間着にしているのであろう浴衣だ。
 なんだか、とても優しげで可愛らしい。
 あれだ、これは、ほら、マクロスフロンティアでシェリルもこんな格好をアルトの実家でしていた。いつも強気で女王さまな彼女が、化粧を落として露出の激しい服を脱ぐと、しとやかな少女のようだった。
 青白い肌から血管が透けて彼女の中を流れる血が見えるような気がした。
 僕があまりにもぼんやりと彼女を見つめ続けるせいか、マチコはとうとう僕のほっぺたに爪の先端を突き刺しながら、命令する。

「ダイヤ氷買ってきて。分かる? ダイヤモンドじゃないから、あなたにも買えるでしょ。わたしあれがないと眠れないの」

 口調は女王さまのままだが、爪がとがってないせいでちっとも痛くない。それどころか、なんだか小さなおませな女の子に命令されているみたいで愛おしい。
 はいはいと僕は笑いながら返事をすると、マチコはほっぺをぷくっと膨らませる。どうやら、僕の反応が面白くないようだ。だが、そんな仕草までおさない女の子のものそのものだった。

 マチコの小さな頃の姿が浮かぶ。
 お祭りの縁日でいちばんひらひらして大きな金魚が欲しいと駄々をこねる、一番かわいい女の子。他の誰よりもふわふわして鮮やかな色の兵児帯を結んで、その縛った部分は蝶々とも金魚のしっぽともつかない不思議な生き物として彼女のあとをついて回る。
 夜という海の中をだれよりも目立って泳ぐ彼女にすれ違う男たちは目を奪われ振り向く。

 毒々しい夜の灯が彼女を照らし彼女の前に道を作っていく。
 朱い灯りが彼女を照らし続ける。
 駄々をこねた彼女は、朱い道を進んでいく。
 その先にどんな残酷な闇がぽっかりと口を開けて彼女を飲み込もうとしていることも知らずに。

 鮮やかな白昼夢を見ながら僕は夢遊病者のような足取りで、氷を買いにいく。
 大学からちょっと離れた場所に氷屋さんがあるのだ。
 昔、地方ニュースでテレビにでていた。昔からある氷屋さんで、ものすごく大きな氷を男の人が切り出している様子が紹介されていた。
 ちょっと買いに行くには遠くて、散歩するにはちょっと近いその場所に僕は浴衣姿の少女の為に向かう。
 彼女の口に冷たくておおきなダイヤモンドをいれてやろう。
 冷たい結晶を口に含み目を瞑る少女。

 僕は彼女の為に、たくさんの氷を買った。