シェアハウスの君と

 ピンク色の爪が白いゴムひもをもてあそぶ。
 ピンクと白なんてすごく女性らしい色の組み合わせなのに、僕にこんなにもプレッシャーを与える日が来るなんて思いもしなかった。
 いや、僕は元来プレッシャーを感じやすいので、ピンクと白の清楚な女性の下着を見ても相当なプレッシャーを感じるかもしれない。

 パチン、パチン

 ピンク色の爪が白い紐をはじいている。ただそれだけのはずなのに、僕の神経が彼女の指でもてあそばれているような気がしてくる。
 まっすぐに伸びた僕の神経を、彼女の指がゆっくりなぞる。
 何度か往復すると、ふと思いついたようにパチンッと弾かれる。
 緊張とそれが弾かれる感覚で頭がぐらぐらしておかしくなりそうだった。
 なんどがそうやって神経が弾かれているうちに、僕の見える世界は変わっていった。

 気が付くと目の前にいる、いちごちゃんは僕の全く知らない女性になっていた。

 いつもふわふわと綿あめみたいな空気を纏った彼女の周りがクリアになる。今まで僕は、周りを包む綿あめも含めて僕は彼女と思っていた。
 しかし、彼女の瞳から流れ落ちる涙で綿あめは溶けおちてしまっていた。
 綿あめは溶け去って、そこにはむき出しのイチ子という人間がいた。
 ふわふわとしていない彼女はどこにでもいる普通の女の子だった。
 弱々しい独りぼっちの女の子がそこにいた。

 彼女は、鉄のように冷たくて、ガラスのようにもろかった。

「あのね、私マスクを外すと息苦しくて……自分の顔がね、嫌いなの。だから、人には見せられないの」


 彼女はゆっくりと語り始めた。その声はとても静かでミントみたいな匂いがした。甘くない。
 彼女の人生の物語を。
 夢の中に逃げることもできない、現実の世界にあった物語。
 僕が知らない、いちごちゃんではないイチ子という一人の人間の人生を。
 キャンディーのように甘くはない彼女の人生の物語は僕の耳にしっとりと降り注いだ。