シェアハウスの君と

『ねえ、いかないで。もうちょっと、いっしょにいようよ?』

 布団が僕を誘惑する。
 よく、枕が変わると眠れないなどという繊細な人がいるらしいが僕に関しては全くそんなことはない。
 枕なんて構わない。
 寝床は清潔で居心地が良ければそれでいいのだ。
 布団は昨日干したのか暖かく、とても気持ちがよかった。
 お日様と猫の肉球の匂いがした。
 つまり、とろけたバターとポップコーン、そしてブラウンシュガーの匂いだ。
 これって、最高にワクワクする。冒険への入口の匂いだから。
 僕は昔映画が好きで、映画館でバイトをしていたことがある。
 その時の思い出の匂いでもあるから、ワクワクと同時に懐かしさで涙が出そうになる。
 僕がバイトをしていた映画館は不思議なところにあった。
 なぜだか、その映画館に向かうには鳥居をくぐらないと入れない。
 鳥居の向こうにある映画館。
 当時は何も考えていなかったが、今考えてみると不思議でしかたない。
 その隣には商店街と名前がついているが、怪しげな店ばかりが連なる石畳の道が通っていた。
 駅前からそんなにはなれていないのに、森の中にいるみたいな静かでちょっとだけ湿った森の中みたいな空気が漂っていた。僕はそこでチケットのもぎりだとか軽い掃除やら電球の交換やらという雑用をするための学生として働いていた。
 お客さんは、小さな親子連れからお年寄までいつだってそれなりに賑わっていた。
 まあ、今普通のショッピングセンターにある映画館と違って座席指定や入れ替え制をとっていないため朝から晩までその映画を見続けるお客さんもいたけれど、とちゅうから入った人でももう一回最初からみることができる非常におおらかなシステムをとっていたからあれだけ賑わっていたのだろう。
 僕もそのおおらかさのおかげでちょいちょい映画をみたりした。
 売店でバイトをしている大学生の女の子といっしょに、ポップコーンを食べて、お気に入りの映画のセリフを囁きあった。
 映画は好きだ。
 ベルの音で世界が一瞬真っ暗になったあと、静かに青い色から写り始めて世界があっというまに、濃い色で埋まっていく。
 現実よりも強調されたそれらの色は唇を湿らせるくらいしっかりと濃い塩味がする。ファーストフードのフライドポテト見たいな味だった。普段なら頭がぼうっとするくらい濃いのにも関わらず、映画館ではそれが魔法みたいに現実のものに思えてくる。いや、現実じゃなくて僕があっち側の世界に行けるのだ。
 いつだって赤い鳥居の向こうには冒険への道は開かれていたのだ。
 宇宙への冒険も、孤島での殺人事件も、色んな不思議な生き物がいる世界でも僕はその物語の中を生きることができた。
 そして、そばにはヒロインとして売店の彼女がそばにいた。
 大きなスクリーンのなかで主人公たちが熱いキスを交わすとき、現実の僕たちも映画館の後ろでキスをしていた。
 ときどき、売店の彼女の細い指は戯れに僕のファスナーを下すこともあった。
 細い指がそっと僕をなでる。
 ばれてはいけないそんなスリルは世界の色を鮮やかに見せた。

































































 細い指がするりと僕を触る。
 ふとんと違って冷たい指は気づくと大胆に絡みついたり離れたりを繰り返す。
「ねえ、お願い。もうちょっとこうしていましょうよ?」
 耳元でかすれた声と吐息がかかり僕はぎょっとして現実に戻る。
 そこには一人の女性がいた。
 その女性はネコみたいにニヤリとわらって、こういった。
「ルールその2。夜寝るときは部屋に鍵をかけること」
 真っ赤な口紅と跳ね上げるようなアイラインをはっきりと書いた彼女はこちらがびっくりするくらい自信たっぷりに微笑んでいた。