シェアハウスの君と

 鍋の中身は大きな肉がハーブや香りの強い野菜と一緒に入れられていた。
 かなり大きな塊の肉をサクラは慣れた手つきでナイフで切っていく。
 切り分けたそれと野菜を皿に盛り付け、ソースがたらされる。
 結婚式のコース料理のメインになりそうな洒落た一皿が目の前に現れた。
 サクラが笑顔でその皿を僕の前に置く。
 その皿が重いのかサクラの手はちょっとだけ、震えていて食器を置いたときコトリと音がした。
 サクラを見つめるといつもと違い真面目な顔をしている。
 白い肌からは血管が透けていて、中で血液が循環しているのが分かりそうなくらいだ。

「ルール1、毎日夕食はお肉を食べること」

 言い終わった瞬間、サクラはちょっとだけおどけてみせる。
 白い八重歯がのぞいたその笑顔はとってもチャーミングだった。
 キラキラとした茶色の瞳の中ではクリスマスみたいに赤い蝋燭の炎が躍っていた。

「どうして?」

 僕は、素直な疑問をぶつける。
 サクラの笑顔はそれ以上何も言わせないようにするための、静かで礼儀正しいでも押しが強いものだったが、僕という生き物は鈍感なのだ。
 何も気づかなかったことにして、馬鹿みたいに質問をした。
 サクラの瞳の中の炎は一瞬だけ大きく燃え上がった。

 だけど、サクラの声のトーンはいつもと変わらない。

「この家には色んなルールがあるんだ。家主のカナエさんの考えなの。ちょっと多いかもしれないけれど、みんなが心地よく過ごすためのルールだから必要だし……その中で一番、喜んでもらえそうなものから紹介したんだけど、ダメだったかな?」

 サクラはうるうるとした瞳でこちらを見つめている。
 チワワみたいに大きくて弱々しいその瞳に僕はどきどきしてどうしていいか分からなくなってしまう。
 僕の負けだ。
 僕は目の前に置かれた皿の肉をナイフで大きく切り分けて口に放り込む。

「これで僕もこの家の一員になれたかな?」

 肉はしっかりと下味がつけられ香辛料もふんだんに使われていたけれど、ちょっと固くて飲み込むのが大変だった。
 だけど、嬉しそうに頷くサクラの姿を見たら、僕は飲み込まざるを得なかった。

「シェアハウスへようこそ」
 サクラはそっと僕に囁いた。

 その声はバターみたいに滑らかで、パイみたいに何層にも秘密を重ねていた。
 もちろんこの時の僕はそのパイの中身を知る由もなかった。