ふわりと甘い香りが漂う。
 不思議な感覚だった。デパートのパルファム売り場とは違う、全く異なる香りだった。
 甘い砂糖を煮詰めたみたいな、濃く甘い香りだった。

 僕はその香りにぼうっとなる。

 僕の周りにいままでいた女性と異なる香りは、僕の脳をしはいした。
 いっしゅんで、世界がぼんやりとした光をおびだした。
 桜が咲く季節の日の光があたっているみたいな。
 女の子がネットにあげる写真みたいに、世界がちょっとだけぼやける代わりにふわふわとした心地よい色に世界が輝く。

「ごめんなさい」

 さらさらとした絹のような細いベール越しに、鈴を転がすような声がした。
 真っ白な肌が窓からさす陽のおかげ、やわらかく輝いている。
 ピンク色の形の良い唇は、微かにしめっている。
 香水と同時くらいその声は甘かった。

「あの、その。その事件に興味あるんですか?」

 気づくと彼女はさっきの張り紙を指さしている。「ええ、まあ」などと僕があいまいに答えていると、彼女は優しく微笑んだ。その微笑みはまるで花が咲いた瞬間のようにみずみずしく、やわらかく、繊細だった。水分をたっぷり含んだ薄い花びらがそうっと外の世界を覗くようだった。
 僕のぼうっとした頭はさらに、ぼんやりとしてくる。
 春のぽかぽかの日差しの中で、日向ぼっこをして、花をみて、甘い和菓子を食べているみたいな気分だ。
 兎に角、あまくてあたたかい。
 とろとろと脳みそが耳から溶け出てしまいそうだ。

 気づいたとき、僕は大学構内でもっとも縁がない場所。そう、あの図書館にあるコーヒーがいっぱい600円もするおしゃれカフェでムーミンのカップを目の前に座っていた。