目覚めた大五郎を引き連れて、米崎、江木、吾妻の四人は例の多目的室へと向かっていった。
多目的室に向かうのは大五郎の提案である。
「俺がアイツでもきっとあそこに行く。アイツはきっと、探してほしいタイプだからな。そう変なところにはいかないさ」
そう自信ありげに笑う大五郎は、どこか照れているようでもあった。
あれからすぐに目覚めた大五郎を含めた部員に、吾妻が大枠の話をした。
脚本『フレアマインド』ができるまでの、その一連の流れについて。
「僕が倉嶋さんから言われたのはぁ、『触れること』がキーになる作品ってことだけだったんだぁ。だからぁ、彼女が脚本読むときはすごく緊張したしぃ、依頼された時から倉嶋さんの気持ちには気付いていたから、成功してほしいとも思っていたんだぁ」
米崎は、吾妻のいくらか挙動がおかしかった時のことを思い出す。
あれは全て、裏でリオが糸を引いていたが故のことだったのか。
「なるほど。だからお前は頑なに脚本を変えたがらなかったんだな」
「うん……。僕の一人じゃぁ、どうすることもできないからぁ」
吾妻は吾妻で、苦労があったということだろう。
全ては、一人の少女の淡い恋心のために。
「なるほどな。だが倉嶋は、何も分かってない」
全てを聞いた上で、大五郎があっけらかん言い放つ。
「分かってない……? どういうことだ」
「今から証明しに行く。着いて行きたいものは着いて来い」
そして、今。
四人は多目的室の前の扉に立っていた。
「開けるぞ」
そんな一言を添えて、大五郎がドアを勢い良く引いた。
果たして、倉嶋リオはそこにいた。
後ろにいる三人を見て、露骨に眉をひそめる。
「……何で、そんなにいっぱいいるのよ」
「今回の件の功労者たちだ。事の結末を見送る権利がある」
因みに見浦についてだが、「え、えーっと、リオさんのことも尊敬はしていますが、二人の恋模様に関しては正直、あんまり見たくないかなって」と言葉を濁しながら言っていた。
彼女は彼女で、色々と思うことがあるということだろう。
「それで……何しに来たの?」
先ほどの不満の色は、リオの表情からは感じ取れない。
あるのは懐疑や不安……、その類の、気弱な少女の物だった。
「決まっているだろう。連れ戻しに来たんだ」
「そう。じゃあ運んで」
リオはリオで、懲りずにそんなことを大五郎に提案するが、
「いや、すまない。それはできないんだ」
「だから何で? もう豊島君は女の子に触れても大丈夫になったんでしょう? だったら私に触れてくれてもいいじゃないのよ!」
もはやリオの言葉は、駄々っ子のそれと大差なかった。
「触れられるのと、触れていいは違うだろう。江木は今回の件に最後まで協力してくれた仲間だ、だから協力者として、触れさせてもらったに過ぎない」
「私だって、協力したけど」
「ああ、勿論そうだ。だが、俺にとってお前と江木とでは、本質的に見方が異なるということだ。だからこそ、俺はお前に触れられない」
「……どういうこと?」
今まで幾度となく露にしてきた、リオの怪訝な表情。
それに対して大五郎は、まっすぐに自分の言葉をぶつけにいった。
「それは、一人の仲間として見るか、好意を寄せる異性と見るかの違いだ」
「……えっ、は……」
リオの表情が固まる。
正しく予想外という反応だ、
そんな態度も分かっていたとばかりに、大五郎がリオに微笑む。
「そんなに意外か? 俺がお前を意識しているということが」
「で、でもだって……。そんな素振りは一度も……」
「何を言う。お前自身が言っていただろう? 俺はこの部活で、一番演技が上手い男だぞ。お前を騙すことなど容易いものだ」
気取った台詞を何重にも巻いて、大五郎がリオに自分に思いを告げる。
それは今まで演技で着飾って、自分の心を打ち明けずにスターとなった男の精一杯の愛情表現ではあった。
「じゃ、じゃあ……本当に……?」
「ああ、そうだ」
だから、こそ。
大五郎はその言葉を口に出すことができない。
好きな人に軽々しく触れることができないのと同じように、愛の言葉などを素直に打ち明けることなどは、彼にとって酷く難しいことだった。
「……私は、好きな人に触れてほしかった。きっとその人は、誰かを特別に見たり、贔屓するような人じゃない。だから私は、せめて役の中であなたに触れてもらえる女になりたかったの」
そう言って、リオはまた瞳を潤ませる。
「でも、もしも私の想いが届いていたのなら。あなたが本当に私と同じ気持ちだって言うのなら……。それでもやっぱり、私に触れることができないというのなら……体じゃなくて、心に、触れてほしいの」
「心……それはどういうことだ」
今度こそリオは、いつもの自信に満ちた笑みを浮かべ、涙をためたまま美しく微笑んだ。
「そんなの、決まってるでしょう? 言って、私に愛してるって。世界で一番、私のことが好きだって」
「う、ぐぅ……っ」
苦み走った顔で、大五郎がリオの方を見る。
頭を抱え、一人でブツブツ言いながらも、最後は観念したように息を吐き、
「少し、席を空けてもらえるか」
そう、三人に告げたのだった。