「いいじゃん、連弾の伴奏だし。好きに弾くのが一番」
「メロディが殺されるやんけ」
 僕はいつも右手のメロディーを夢前に教えてもらってるから、自分で出来そうな譜読みは左手しかしてない。その為か、一応確認と思って右手の譜面を読んでると、たまにヘ音記号で読んでしまって、変な音域になる。
 無意識って怖い。
「よさそう? 一回やってみたいんだけど」
「ん。いいぜ」
 一通り通せるようになったのを見計らって夢前が声を掛け、練習が終了する。
 ピアノの下にあったメトロノームでテンポを60に設定。カチ、カチとゆっくりな一定のリズムが流れる。
「いち、に、せーの」
 夢前の合図で伴奏が始まり、音楽室が懐かしい雰囲気に早変わりする。
 音楽っていうのはなんでこう、ガラリと空気まで変えてしまう力を持っているのだろう。当時の思い出も一緒に蘇ってくるこの感覚、凄まじい。
「ゆーやけこやけで、ひがくれーて」
 僕の弾くメロディに合わせて夢前が口ずさむ。どこか昔に想いを馳せながら、思い出しながら歌う。
「やーまのおてらの、かねがなるー」
 そうだ。僕も思い出した。この歌って夕方の帰りのチャイムの曲だ。良い子は帰りましょうとアナウンスが流れてからこの曲が掛かるんだ。
 毎回聞いてたから、意識してなかったのだろう。慣れていると忘れてしまう事もあるのだ。
「かーらすといっしょにかえりましょー」
 途中でつっかえた僕を見て笑いながら、無事に終了する。
 連弾といっても、夢前の伴奏に合わせて弾いてただけだ。メトロノームのリズムからも外れていた。たぶん、遅くなったり速くなったりしていたのだろう。音楽的評価としては高いものは期待できない。
 でも、結果的には楽しかった。
「兵悟さん走りしすぎだよー。もっとわたしに合わせて」
「お前だってアレンジし過ぎてもたついてたじゃんか。お互い様だろ」
「やー、その指摘はお恥ずかしい。じゃ、もう一回ね」
 そうやって何回も繰り返して、気付けば、夕焼け小焼けで丸々授業が終わっていた。
 チャイムの音が、ちょっと恨めしい。
 さて、次は二人で何をしようか。
 教科書をめくる音が妙に心地良かった。
 
 7

「公園に何かあるの?」
 放課後、いつもの如く二人乗りをして道を走る。
 線路の先にある公園。そこが今日の僕らの目的地で、滅多に行かない場所。