まだ恥ずかしそうにしている人魚の彼に、わたしも恥を承知で、さっき彼が歌ったサビを同じように歌った。
「わたしもね、歌下手なんだー」
へへっと、小さく笑う。
「……俺より下手じゃん」
「いや、それはないから! いい勝負じゃない?」
――なんて、それからはお互いへたくそ同士、10分くらい歌ってた。
さすがに時間も遅いし、明日も補習だ。
寝坊して遅刻したら、きっと課題を増やされる。
ほんとうに、そろそろ帰らないと。
そう思い、重い腰を上げてプールから出る。
彼はまだ、飛び込み台の上に座り、月の光を浴びている。
「……絶対、見つけるからね、人魚さん」
「期待しないで待っておく。……西園寺さん」
「……え!?」
その言葉を皮切りに、彼は勢いよくプールに飛び込んで、暗闇へ溶けるように姿を消してしまった。
『西園寺さん』って、彼は呼んだ。
わたしの名前、知ってたんだ……。
いままでに鳴ったことがないスピードで、心臓が早鐘を打つ。
名前を呼ばれただけでこんなにうれしいなんて、知らなかった。
……夏休みは、残り5日。
きっと彼は、明日からはここに現れないだろう。
明日の夕方、わたしは言いつけ通りプールの掃除をする。
水がなくなったらきっと、彼がここに来る意味はなくなるんだろうから。
学校に行くのが楽しみなんて、いつぶりに思えたんだろう。
虫が鳴く、月が照らす帰り道、プールに背を向けて走り出す。
後ろではぱちゃんと、水の跳ねる音がした。



