それまでは、彼が座る古びた飛び込み台が岩礁に見えるくらいだったのに、今は相応に見えるから不思議だ。

 人のこと言えないしだからこそ笑うのは失礼すぎるからしないけど、個性的というか意外過ぎて、言葉に詰まってしまう。

「……なんか言えよ、こらあ……!」

 彼に似つかわしくない言葉遣いで、恥ずかしそうに、だけど強がる声がする。

「な、なんで歌ってくれたの?」

 苦手なのに、っていう言葉はあえて飲み込んだ。

 だって、彼が自分の歌を上手いと思っている人だったら、ちょっとかわいそうだなって思ったから。

 って、だいぶ失礼だけど。

 人魚の言い伝えはたくさんあるけれど、本当のことだけが書かれているわけじゃあないんだなって、勉強になった。

「……なんか、ほんとうにもう会えない気がして」

「え……?」

 ぼそっと聞こえた声に、思わず聴き返す。

 すると彼は我に返ったように、また悪態をついた。

「っどうせ学校で見つかるわけないから、へたくそな歌くらい、歌ってやってもなんも恥ずかしくないと思ったんだよっ!」

 ……いや、だいぶはずかしそうでしたけどね。

 とは、口に出さないで心の中にしまっておく。

 だって、うれしかったから。

 会えない気がした、って、わたしもさっき同じようなことを思っていたから。