「そんなこと、わたしに教えちゃってよかったの?」
「きみは言いふらしたりしないでしょ」
「え、なんで? わたし偉い人に人魚がいますーって言って大儲けしちゃうかもよ!?」
言い切る彼に逆に警戒心がなさすぎることが心配で、絶対言いふらしたりなんかしないけど、少しだけ脅すようなことを言う。
長時間プールにつかってふやけきったわたしの指先とは違う、潤っているきれいな指で、彼はわたしの鼻をつまんで冗談ぽく笑った。
「だから、普通の人には見えないんだって」
そう言って、長くて赤い、アリエルみたいな髪を漂わせながら、彼は優雅に泳ぎ始めた。
泳ぐ姿はまるで魚のようだ。
尾ひれがあるしそう見えて当然なんだけれど、それでも、いままで見たどんな魚より早くきれいに泳いでいて、魚と呼ぶには不似合いなくらい。
月並みな表現だけど、きれいだった。
たった25メートルのプールが、はるか先まで続く広大な海に見えたんだ。
泳げないけれど、足がつく場所では潜るくらいできる。
彼と同じ世界を見てみたくて、顔を水に沈めた。
怖くて、目は閉じたままだったけれど。
開けたら、きっときれいな世界が見えるのに。
人魚の彼は、どんな世界を生きているんだろう。
そんな思いで、塩素の入った偽物の海につかり続けた。



