ウォルフと訓練をして、領地の様子を見て回る。
 多分、卒業したらこうなるだろう、そう思っていた日常は穏やかだ。
 少し寂しくもあるけれど、早まっただけ、それだけなのだ。いつかはこうなると分かっていた。
 あれから大分日もたち、だんだん騎馬隊たちも落ち着きを取り戻し始めた。


 秋が過ぎ、もう冬だ。新年を迎えて新たな社交シーズンが始まった。しかし、お姉様は領地から出ないことに決めたらしい。恋人が待っているのに申し訳なかった。

 今年の新年の剣舞はクラウトが務めたそうだ。
 クラウトは秘密裏に手紙を送ってくれる。名前のない手紙には、いつもマロウの花びらが入っている。内容は誰に読まれても困らない他愛もないものだ。しかし、おかげで王都の様子が分かった。

 意外だったのが魔道士ザントだ。あんなことがあれば手のひらを返されるかと思っていたのだが、正々堂々と郵便で、魔道士の肩書付きで私当てに手紙を送ってきた。まぁ、内容は『マレーネたん なかすな』から始まっていたけれど。
 リリトゥについて詳しく知りたかったようなので、お姉様を紹介したら、休みの度にアイスベルクに来るようになった。

 今日もお姉様と私と三人でお茶をしている。

「リリトゥの研究はいかがでしょう?」
「リーリエ嬢のおかげで見通しが付いてきました。いともたやすく、わが国に侵入したのは、やはり男性にだけ効く魅了の魔力だったのでしょう。あの鳥も検分したのは騎士でした。ただの珍しい鳥ということでした」
「やはり、女騎士が必要ですね」
「アハハ」

 ザントが白々しく笑う。

「それは明言を避けますが、報告書に事実は記載しますよ。それに、マレーネ姫の護衛はベルンシュタイン嬢がいいですからね」
「まあ、それはなんでかしから?」

 お姉様の笑顔が怖い。

「マレーネ姫がお望みだからです。それも、初めは白百合のお茶会から勧められたのでしょうけれど」
「まあまあ、そんな噂が?」
「アハハ、噂、噂ですかね? こうなるってみると良い布石だったと思いますよ。ベルンシュタイン嬢の功績を目の当たりしているわけだから」

 腹の探りあい怖い。
 リーリエお姉様は、アイスベルクの冷たい微笑で突き放す。

「ザント様もあまりアイスベルクのような地に来ない方がよろしいのでは? 丁度リリトゥの研究もまとまったようですし。あまり、当家の立場は良いものではありませんので、ご迷惑をおかけしてはいけませんわ」
「いえいえお気遣いなく。これでもボクは宮廷では大魔道士という立場でしてね、怖いものなしなんです」
「存じ上げておりましてよ。でも、理由もなくここへ来るほどお暇でもないでしょう?」
「理由? 理由が必要ですか? それならベルンシュタイン嬢の魔法付与についてお尋ねしたい」

 ザントが私の手を取った。
 リーリエお姉様がザントの手を打ち払う。

「あら、汚らしい虫がいましたの」

 オホホホなんて、ワザとらしく笑う。

「ザントは魔法付与できないの?」

 思わず尋ねる。

「あんなふうに簡単にはできないね。呪文詠唱や陣が必要だ」
「そうなのか……」
「ベルンちゃんはどうやって身につけた?」
「うー……ん? 小さいころからできましたね。みんなできると思っていました。でもやって見ようと思ったきっかけは、子供の頃に湖に落ちた時、助けてくれた子が周りの水を温めてくれたからですね。それで、周りを囲んで中を守る魔法の張り方ができるんだと思って、やってみたら出来たというわけです」
「イメージの問題なのか?」
「難しいことは分かりませんが」

 ザントは難しそうに眉をしかめた。

「さぁ、ザント様もうここにいる理由はなくなりましたわね」

 お姉様が話を打ち切る。

「アハハハハ、エルフェンバインも優しい顔して怖かったけど、リーリエ嬢はさらに手厳しいなぁ!」

 ザントがわざとらしく笑う。

「まぁ、でも、そんなに厳しくしないでいただきたい。ボクはもう少しこちらへ遊びに来たいんです」

 お姉様が厳しい声で尋ねる。

「何をお考えです?」
「探り合いも疲れて来たから本心を言いましょう。ベルンシュタイン嬢がいないと、マレーネ姫が泣くからです」

 リーリエお姉様が目を丸くした。

「まあ!」
「ぼ、ば、ボク、一応、ひ、は、こ、婚約者、こ、こ、候補、なので」

 マレーネ姫が絡むと挙動不審は治らないらしい。

「マレーネ姫がベルンちゃんの様子を知りたがるからここへ来たい」
「……そうなの」

 リーリエお姉様は優しく微笑んだ。
 私はそのことを知って、胸が詰まった。あんな形で裏切ったのに、こんなふうに心配してくれている。

「それに、みなさん疑心暗鬼ですよ。ボクが今のアイスベルクへ私的に通うことが、どういうことなのか、図りかねているようで」

 ザントは、ククと悪い顔で喉をならした。

「王家の隠された意思なのか、それとも魔道士として理があるのか、自分たちのつかんでいない何かがあるんじゃないかってね」
「まあ、悪い人」

 お姉様が満足げに笑った。案外この二人気が合うんじゃないだろうか。

「だから、ベルンちゃん、マレーネたんにここのお菓子持って帰っていい?」
「勿論。お姉様の手作りとお伝えください。ご迷惑をおかけするわけにいかないので、私からは何も差し上げられませんが、お気持ちが嬉しいとお伝えください」
「……うん」
「元気でいるので心配ないと」
「うん」
「泣いてくれてありがとうって伝えてください」
「はぁぁぁぁぁぁ! 尊い……ああああ、離れていても尊い……」

 涙するザントにお姉様がドン引いた。
 あ、やっぱ無理だよね。変態だもん。