初めて見るモンスターに、目を奪われた。見たことのない美しい鳥。その翼は、赤と青の炎がきらめいていた。甘美な鳴き声が頭中に響きわたる。
 
- みんな忘れて。愛をあげよう。許してあげるよ、ここへおいで -

 滑らかな歌声が頭の中に充満する。沸き上がってくる渇望。何が足りないんだろう。何が欲しいんだろう。分からないけれど、何かが欠けているのは分かる。満たされてない。足りてない。もっと欲しくて、餓えている心。
 あの鳥の元へ向かえばすべて満たされるのではないかと思う。

 鳥に向かって、一歩足を踏み出す。きっとその先は天国だ。

 胸から何かが盛り上がって、喉の奥につかえた。邪魔な物。こんなものを失くしてしまえば、楽になれるのではないかという甘美な誘惑。

 苦しい。

 手放してしまいたい意識。そうしてはならない騎士のプライド。何かが僕を引き留める。葛藤がせめぎ合って、頭と心を苦しめる。早く楽になりたいのに。

 ベルン。大切な言葉が声にならない。

 視線の先には、ベルンがいた。
 たった一人だけ、鳥に立ち向かう。
 何時だって綺麗だと思っていた氷の魔法。
 
 あの鳥は魔物なのか? だったら、立ち上がらなければ。戦わなければ。

 理性ではそう思っても動けない。不本意な感覚が体を支配する。

 ベルン。名前を呼べない。届かない。ベルン!

 その時ベルンが口笛を吹いた。すると観客席から、ワンピース姿の美しい女たちが下りて来た。ベルンの指示で剣を構え、美しい鳥に対峙する。

 どうして、動ける?
 ベルンとこの女たちだけどうして動けるんだ?

 鳥の歌声が鳴り響く頭の中で、考えようとしても考えられない。

 朦朧とする意識の中で、ベルンと目が合った。
 苦しそうに僕を見て、謝った。

 理由も分からずに、マントの中に隠される。
 士官学校の黒いマントが、僕らをこの世に二人っきりにする。

 秘密の暗闇。ベルンの冷たい唇が触れた。

 鳥のように啄ばむだけの優しいキス。不馴れで、不器用で、子供みたいな。そんな接吻。

 目の前がキラキラと光る。胸の中の熱いものがってくる。
 好きだ。大好きだ。
 手に入れられなくても、満たされなくても。許されなくても、それでもいい。

 それでもいいんだ。それでも好きなんだ。

「好きだったよ」

 ベルンは泣き出しそうに言って、僕は意味が分からずに動揺する。
 どうして、過去形なのか。
 謝ったのは、このことなのか。
 聞きたいことはたくさんあっても、喉がつかえて声が出ない。

 ベルンは騎士の顔つきになり、僕の魔法を欲しがった。
 僕はあらん限りの力でそれに答える。

 君の欲しいものは全部あげる。


「後を頼む」

 ベルンそれだけ言って。僕を背にして立った。

 そしてあの、美しいと思った鳥の前に立ちはだかる。ベルンの後ろから見る鳥は、もう美しくなかった。
 おぞましく醜い、大きな怪鳥。初めて見るモンスター。

 僕の剣でとどめを刺して、ベルンは消えた。


 僕の元には、喉から転がり出た青い琥珀(ベルンシュタイン)だけが残された。
 これが僕の中でつかえていたもの。
 魔物に奪われそうになったもの。

 持っているだけで苦しくて切なくて、手放してしまいたいのに、きらきらと眩しく光る大切な宝物。
 僕の青い琥珀。

 僕は、彼の守ったこの国を守りきるために、立ち上がって声をあげた。

 僕らは魔物を倒して国を守る。

 そして僕らは、彼を失った。