学園祭二日目は、日ごろの鍛錬の発表になる。
昨日はお忍びでやって来ていたこの北の国の姫が、今日は正式に観覧にやってくると聞いていたので、なんだか胸騒ぎがした。
胸騒ぎの理由が、自分の嫉妬だったらいい。
そう思いながら、私はアイスベルクの女騎兵たちを観覧席に招待していた。無論、武装などしていない丸腰のワンピース姿だ。一度士官学生の鍛錬を見ておくことが勉強になると思ったからだ。
彼女たちは、初めての王都に喜んで飛び切りのオシャレをしてきた。
紅白のチームに分かれて、武術や剣術、乗馬や流鏑馬を競う。そして最後は騎馬戦が行われる。これは模擬試合で、魔法の使用は不可。実際の騎馬に乗り、模造刀で打ち合う。先に紙風船を割られた方が負けだ。
騎士たちが紙風船を頭に乗せて、真剣な顔つきで戦う様子がコミカルで、しかし迫力があり人気だ。裏町では賭け事の対象にもなっているらしい。
シュテルが大将の白組と、フェルゼンが大将の赤組に分かれて戦う。私は赤組だ。互いに接戦を繰り広げたうえで、今年は僅差で白組が勝った。鼻高々なシュテルに、フェルゼンと私は悔しがる。
そして閉会式があり、最後の大取りがフェルゼンと私の剣舞である。
閉会式が始まった。
「本日は北の国よりお祝いをいただいております」
司会の説明にどよめきが起こる。
大きな布をかけた、四角い箱。まるで何かの獣が入っているような気配がする。
その隣に北の国の姫君が微笑んで立っていた。
しっとりとした黒い髪は腰まであり、艶やかに輝きを放っている。対照的に真っ白な肌はまるで雪のようだ。赤い唇はまるで血のようで、妖艶にほほ笑む姿に心まで奪われそうな美しさ。
この人が、シュテルを望んだ。シュテルはこんなに美しい人を見ても、どうして断ることができたんだろう。
北の国の姫君は、黒い瞳をきらめかせて、箱を覆った布に手をかけた。
ゾクリ。肌が泡立つ。
振り返って観覧席を見る。いる。アイスベルクの女騎兵たちが手を振っている。
ふっと息を吐いて力を抜いた。
大丈夫。
「出でよ! リリトゥ!!」
凛とした声が響く。バサリと布が投げ捨てられる。檻の中には大きな鳥。きらびやかな翼を広げて、大きく奇怪な声で鳴いた。
その瞬間、檻の扉を姫君が開ける。
「モンスターだ!」
叫び声が響いた。周りを見れば、グズグズと騎士たちが頭を抱えて座り込んでいる。私は剣をつがえて、リリトゥに立ち向かう。大きな翼が熱風を巻き起こす。炎の魔法だ。
- 我ニ従エ サスレバ欲イ男ヲクレテヤル -
おぞましい鳴き声と裏腹に、直接頭に響いてくる言葉。
畏敬の視線で、リリトゥを見つめる北国の姫。
これは、操られてる?
- 我ニ従エ サスレバ欲イ男ヲクレテヤル -
もう一度響いてくる言葉。脳裏にシュテルの顔が浮かぶ。
サーベルを弾き返す鳥の爪。
欲しい男を……手に入れられる?
だったら。ふらつく心に戸惑う。
でも、こんなやり方、軽蔑されるに違いない。魔物の力を借りるなんて、シュテルが許す訳がない。
ガツンとリリトゥの爪が私の胸に刺さる。
瞬間、リリトゥが驚いて後ろに飛びのく。
胸の四葉のクローバーが、爪を弾き返したのだ。ウォルフがくれた幸運のブローチ。
シッカリしろ!!
これがリリトゥなら、戦えるのは女だけだ。魔物の力を借りるほど、私はそんなに弱くない。弱くないと信じたい。
睨みあげればリリトゥは嗤うように鳴く。
私は振り返って観覧席の女騎兵たちに口笛を吹いた。
アイスベルク騎馬隊ならわかる合図だ。混乱する観客先から、ワンピース姿の女たちが駆け寄ってくる。
サーベルを奮って氷で突く。リリトゥは嘲るように熱風を起こしてそれを払う。飛ばされたサーベルを拾おうとすれば、追いすがってくる。
「ベルン様!!」
「剣を取れ!!」
アイスベルクの女騎兵たちが、士官学生たちのサーベルを抜き、リリトゥを囲んだ。これ以上飛び上がれないように氷でリリトゥの足を捕らえる。女騎兵たちのサーベルに氷の魔法をかける。彼女たちは果敢に挑むが、炎の翼が猛威を振るう。
リリトゥの瘴気にあてられて、小物モンスターが土から沸き上がる。
わらわらと足元で邪魔をする。
私の一人の氷の魔法では限界だ。
女騎兵たちは大きな魔力は持っていない。
士官学生たちは混乱していて、とても立ち向かえそうにない。
大きな魔力。
人の心をとらえる魔力。
それを打ち破る大きな力。
シュテル。
リリトゥの呪いを解く方法は一つ。お姉様から聞いたことがあった。
でも、それが効くかは分からないけれど。
私はシュテルに走り寄った。
頭を抱えて苦しんでいるシュテルを抱き起す。シュテルは驚いた顔で私を見た。目の色が曇っているけれど、息だけで私の名前を呼ぶ。
混乱の中でも私がわかるみたいだ。
だったら。一縷の望みをかける。
「ごめん」
許しを請うて、シュテルを私のマントに隠した。
初めてだ。初めてなのに。
悲しくて泣きだしそうだ。これで最後、終わりを告げる。
最初で最後の、接吻。
ひっそりとマントに隠して、そっと唇を啄ばむ。
これで最後だから、真実を言わせて。これが最期だから、もう一つだけ嘘をつかせて。
好き。今でも好き。だけど、忘れて欲しいから。貴方を過去にしよう。私を過去にして。
「好きだったよ」
そう絞り出す言葉。
瞳を覗き込めば、金の星がきらめいた。光が戻る。この国の希望の光。
「シュテル、分かる?」
問えば頷く。
「魔力を貸して。シュテルのサーベルに水銀を張って」
シュテルは苦しそうに、サーベルに魔力で水銀の膜を作る。私はそれを氷の魔法でコーティングして、奪い取った。
私はシュテルを置いて立ち上がった。
シュテルは、ゴホゴホとせき込み、口元から何かを吐き出した。
呪いが解けたのだ。
私はシュテルに振り返った。
「後を頼む」
そう言って、リリトゥに走り寄り、その勢いのままシュテルのサーベルを投げつけた。
胸に刺さったサーベルが、リリトゥの中で溶けていく。水銀の毒が効いていく。そのままリリトゥは地面に落ちた。それでも小物モンスターはまだ立ち向かってくる。
「立てる者はあるか!!」
シュテルの凛々しい声が響き渡った。
「……おお……!」
ムクムクと周りの士官学生たちが起き上がる。リリトゥが倒れたことで、みんなの呪いが解けたのだ。
それを見て、北の国の姫君は崩れ落ちた。
フェルゼンと目が合った。真っ青な顔をしている。心配している、分かってる。だから。
私は唇に人差し指を当てて、シーっと合図を送る。小さいころから繰り返してきた、秘密の合図。
私は、もうここにはいられない。
すべて明らかになってしまったから。
フェルゼンが悲痛な顔をして頷いたから、手を振って戦えと指示をする。フェルゼンは何かを振り切るように赤い髪を振って、炎の壁を私達と観客席の間に繰り出した。
きっと逃れるための目くらましだ。
こんな時まで、フェルゼンは優しい。
ここはもう大丈夫だ。後はみんなが何とかしてくれる。
私は女騎兵たちと逃げるようにしてコロッセオを後にした。