レーゲンボーゲン王国の王都ノイエ・ミルヒシュトラーゼのコロッセオで、新しい年と社交シーズンの幕開けを告げる剣舞を舞う。
 

 「「フローエス ノイエス ヤール!!」」

 二人で声をそろえて、古い祝詞(のりと)を唱和する。これで、新年を告げる演武は終了だ。



 私は軽く頭を振った。一つに結んだ髪が跳ねる。
 演武相手の幼馴染フェルゼンを見れば、炎のように赤い髪をかきあげていた。

 お嬢様方の歓声の原因はやっぱこれだよね……。

 いつものことながらため息が漏れそうだ。
 フェルゼンはそんな私を見ると、満面の笑みで微笑んだ。
 私たちはお互いを讃えつつ、肩を組んだ。
 歓声がドっと大きくなった。


 私はベルンシュタイン・フォン・アイスベルク。
 士官学校の二年生だ。今年十七歳になった。現在、王国の騎士を務めている。家は代々軍部に関わる侯爵家だ。現在父は王国元帥の参謀で、宮廷内に正式な役はない。要するに、貴族としての格は高いが、実権力は皆無。

 王国の双璧と並び称されるお互いの父たちは仲が良く、家族ぐるみの付き合いが当たり前になっていた。私とフェルゼンは、小さいころから同じように学び、同じように鍛え、同じように悪戯をしてきた仲なのだ。

 今日は新年の剣舞をコロッセオで舞ってきたところだ。
 コロッセオの更衣室へ幼馴染のフェルゼンと一緒に戻り、鏡の前に並んで立てば、鏡越しにフェルゼンと目があって、自然と笑顔がこぼれた。

 幼馴染のフェルゼンは、190センチ近い高身長に、太陽の光を感じさせる褐色の肌。しかも整った甘いマスクだから、令嬢たちに人気だ。大胆不敵、それでいて人当たりの良い性格なのに、家柄は侯爵で、しかも本人は王国騎士、父は王国の元帥閣下という貴族中の貴族なのだ。

「相変わらずの大人気だね。フェルゼン」
「何言ってんだ、アレはお前のファンだって騒いでんだぞ」 

 フェルゼンが呆れたように笑った。

「気が付いたか? ご令嬢たち、ご丁寧に扇の色を変えてるんだぜ?」
「なにそれ」
「俺の髪の赤と、お前の髪の青なんだとよ」

 言われれば観覧席では、嫌に赤と青の扇が目に付いた。

「へえ? 紫もあったけど?」
「二人共って意味らしい」
「お嬢様方たちはなかなかにお元気だ」

 クスリ、二人で笑いあう。

「シャワー、先使う」

 いつものように、フェルゼンがシャワー室へ入っていくのを見送ってから、私は鏡の前できつく結ばれた髪を解いた。汗だくになった顔をバシャバシャと乱暴に洗う。
 鏡の中では、濃紺の髪に、濃いブルーの瞳がきつく輝いている。

「出たぞ」

 背中から声がかかる。

「いつもサンキュ」

 そう言えば、フェルゼンは鼻を鳴らした。



 コロッセオのシャワー室が一つだけなんて訳はない。
 たくさんあるのに、同時に使わない理由。
 フェルゼンが私のために、部屋の見張りをしてくれるからだ。


 私はシャワー室に入ってお湯を出した。
 温かいお湯が体を流れていく。
 同じように鍛えているはずなのに、どう頑張ってもフェルゼンには及びもつかない筋肉。
 小さいけれど男とは違う胸のふくらみから雫が落ちる。


 そう私、王国騎士たるベルンシュタイン・フォン・アイスベルクは、実は侯爵令嬢なのだ。
 それは当然、国王様にも王子様にも秘密だったりする。

 なぜって? この国では女子は騎士になれないからだ。

 確かに騎士には憧れていた。ただし、私は性別を偽ってまで騎士になりたいと思ったわけではない。

 なんというか、なりゆき? 気が付いたらそういう流れになってた? みたいな。


 シャワーを浴びて、軽装のまま髪をガシャガシャと乱暴に拭けば、フェルゼンが扇で風を送ってきた。

「お前、まな板胸だからって危機感薄いぜ。一応女なんだろ」
「一応じゃない、れっきとした女だよ!」
「俺の知ってるれっきとした女は、ボイーンきゅバイーンだ」
「煩いなぁー……ツルペタで悪かったね!」
「まあ、そのツルペタでもそーゆーのが好きなやつだっているんだから、ちったぁ気を付けろよ。ハシタナイ」
「君がいるのになんの心配がある? それにハシタナイのは君の前だけだよ」

 そう答えれば、フェルゼンは一瞬固まって、なぜだか顔を赤らめた。

「ったく、ご令嬢たちが知ったら卒倒もんだぜ。『宵闇の騎士ベルン様』はクールなのが魅力らしいぜ?」

 フェルゼンが茶化すように笑う。

「別に騙すつもりじゃないって知ってるだろ? 『太陽の騎士フェルゼン様』 君は情熱的だって噂だよ。チャラいだけだと思うけど」

 私も負けじと言い返したが、あっさりと無視される。

「それにしても、アイスベルク侯爵は、男として洗礼を受けさせるなんて、思い切ったことしたよな。そうでもなけりゃ、いくらベルンがお転婆でも士官学校へは入れなかっただろ?」
「まったく。私だって王都で騎士になるなんて思わなかったよ」
「それが今や、王都社交界のアイドル騎士様だ」

 フェルゼンは意地悪く笑った。私は肩をすくめる。それこそ本意ではない。

「時期を見て領地に引っ込むさ」
「領地に結婚相手でもいるでものか?」
「まさか! でも、結婚する必要もないしね。アイスベルクには騎馬隊もあるし、そこで女騎馬隊でも作って、馬でも育てるよ」

 うちの領地は、馬を王宮に献上しているのだ。

「お前らしい」

 フェルゼンが笑った。

「それにこうなった半分は、君のせいでもあるんだからね!」
「げっ! 俺のせいかよ!」

 睨みつければ、フェルゼンはヘラヘラと両手を上げてホールドアップして見せる。
 突然、バタンと入り口の扉が開き、フェルゼンが慌てて立ち上がった。
 私はその大きな背中に隠れて、慌てて上着を羽織る。

「シュテル!」

 フェルゼンが驚いたように声を上げた。扉を開けたその人は、この国の第二王子シュテルンヒェン・フォン・ミルヒシュトラーゼだ。この人も光芒(こうぼう)の王子なんて呼ばれている。
 私たちは幼馴染ということもあり、愛称で呼ぶことが許されていた。

「今日も素晴らしかった!」

 興奮した様子でズカズカと入ってくるから、私は慌ててボタンをかけて、髪を一つに結ぶ。

「ノックぐらいしろよ!」

 フェルゼンが不満げに言えば、意味がわからないといったように微笑む。

「君たちしかいないのに、僕が遠慮する必要ある?」

 コテンと首を傾げる姿があざとい。マジ小悪魔天使。

 シュテルは、緩やかに弧を描いて輝く癖のある黄金の髪に、光り輝くアンバーの瞳。文句なしのイケメンで、声までも麗しく、これぞ王子の中の王子といった風貌だ。
 ただ、内面は天真爛漫で屈託なく邪気がないくせに、意外に強引だったりと、なかなか王子らしくなかったりするのだ。
 そんな内面を知っているのは、ごく一部の限られた人たちだ。その中に自分が含まれていることはとても嬉しかった。

「二人の剣舞が一番華やかで見ていて飽きないな」
「ありがと」

 なんでも人並み以上の力を持つ王子に、褒められるのは純粋に気持ちが良い。

「それに、見たかい? あの観客席」

 そう言ってニヤリと笑う。

「君たち色に染まってた。相変わらずの人気だね。妹も紫の扇子を誂えてたよ」
「マレーネ姫様ぁ〜」

 私は脱力した。

「ちなみにリーリエ嬢は青だったよ」
「あ、姉上まで……」

 だんだん頭が痛くなってきた。

「さあ、今日の夜会は騎士としてでなく参加だろ? 楽しみだな」

 いたずらっぽく笑うから、私は唇を尖らせた。

「シュテルほどじゃないよ」
「僕は王子だからモテるのは当然」

 ふふん、と鼻を鳴らす。

 これだからイケメンは嫌だ。

「君は! 王子じゃなくても絶対モテるけどね!」

 投げやりに言えば、驚いたように目を見開いた。

 自覚ないのか、この人、最悪。

 ちなみに、幼馴染といえども、シュテルは私が女だということは知らない。


 なんでこんなことになってしまったのか。

 誰も騙そうだなんて思ってもいなかったし、男として生きていこうだなんて、強い意思も覚悟もなんにもないのに。


 ほんと、世の中はままならない。