晩餐会の明かりを見ながら、庭で一息つく。変態と話して疲れてしまった。
 暗がりで樹木をぬけて涼しい風が通る。不安で胸が凍えそうだ。こんなときに、フェルゼンの暖かさが恋しくなる。

 ザントがバラしてしまったら、もうフェルゼンの暖かさにも甘えられない。迷惑をかけられない。フェルゼンは知らなかったことにして、私だけ裏切り者だと断罪されるべきなのだ。
 王都との交流を全て断ち切って、アイスベルクに帰る。そういうことになっている。

 寂しいな。

 ブルリと身震いした。夜の庭でのスカートは、思いのほか冷える。

「ベルン先輩?」

 聞きなれたら声に振りかえれば、クラウトがいた。騎士団の制服だ。晩餐会には参加しなかったのだろうか。

「クラウト、君は警護から外して貰えば良かったのに」
「いえ、私がこちらを希望したのです」
「せっかく家族と王女との晩餐なのに仕事熱心だね。君の家は王家と親交が深いと聞いているよ」
「……恥ずかしいことですが、父や兄は王家の方々と親密な話ができます。でも、私は無理なので疎外感を感じてしまって……。少し寂しく思うんです。情けないことです」

 遠くを見ながら話すクラウトが、いつもより弱々しく見えた。

「ああ、わかる気がするな。私もそうだよ」
「先輩がですか?」

 どんなに仲が良くても、幼馴染みでも、やっぱり男の気持ちはわからない。女の子を好きになる気持ちだとか、逆に女子に対する反感だとか、理屈は分かっても共感は出来ない。

「うん、どうしようもないけどね。ちょっと寂しいよね」
「意外です。悩みなんてないと思っていたから」
「そんなことないよ。弱いしカッコ悪いんだ。……今日も助けてくれてありがとう」

 クラウトは目を大きく見開いて、息を飲んだ。夜目にもわかるほど、顔が赤い。

「いえ、私が誰にも触れられたくないと思っただけです」

 月の光が木々の間から降ってくる。ザワザワと風が鳴る。

 クラウトは顔をあげて、私をじっと見た。

「あの瞬間、咄嗟に殿下を探していましたよね」
「!!」

 気が付かれていた。

「悔しいと思いました。近くにいる私じゃなくて、他の人を呼ぶことが悔しかった」

 息を飲んだ。緑色の瞳に月の明かりが反射してキラキラと光っている。美しい、だけど。

「ベルン先輩が好きです。人に言える意味ではなくて」

 真剣な目が怖くて、視線を反らす。

「ゴメン」
「……分かってました。私は先輩に相応しくない」
「そんなことないけど、私は誰とも付き合わないんだ。君のせいじゃないよ」
「誰とも? 女性ともですか?」
「うん。誰ともだ」

 男のままでは、嘘をついたままでは、誰をも愛する資格がない。

「それが、先輩の寂しさなんですね」
「……きっと、そうだね」

 独りで生きていく。
 それでいいと思ってた。でも、どうしてなんだろう。なんだか最近はうまく考えられない。寂しいと思ってしまう。

「寂しい時に、先輩も同じだと思い出してもいいですか? 一人じゃないって思ってもいいですか?」

 クラウトは微笑んだ。月の明かりが、彼の顔に影を作る。悲しい。

「……私も君を思い出すよ」

 きっと私は思い出すだろう。同じ寂しさを抱えた人。

「ありがとうございます」

 クラウトは丁寧に頭を下げてから、私に背を向けた。



 結局ザントは誰にも話さなかった。
 兄上に相談したら、『あれでも有能だし、気に入ったやつは裏切らないよ』と笑った。
 気に入られているのか甚だ疑問だが、少なくともしばらくは心配しなくていいのかと思えばホッとした。