マレーネ姫のたっての願いで、魔道士ザントと面会することになった。ザントはヴルツェル侯爵家の牢屋に、魔法封じの法具を付けられ閉じ込められていた。
 牢越しに対峙する私の背に、マレーネ姫がくっついて様子をうかがっている。

「ひぃぃぃっ、マレーネたん 無理、むりぃ。ごめんなさい、眩しい。生きててすいません」

 雄たけびを上げて、ザントがマレーネ姫から後ずさり、壁に張り付く。
 意味不明である。
 キモイ。

 私の背中越しに、マレーネ姫が話しかける。

「あの、ザントさま」
「いや無理、名前知ってるとか、無理、死ねるぅぅ」
「姫様話になりません、行きましょう」

 私は振りかえって、姫の肩を掴み帰るように促す。

「お姉さま、少しお待ちになって」
「お姉さまとか……いや待って、むりむり、尊み秀吉」

 グズグズと泣きながら拝み出すから頭が痛い。

「それですわ! ザント様!」

 マレーネ姫が声を上げた。
 その声に、私と変態が驚いた。

「ザント様、貴方のお言葉で、わたくし新しい世界を知りましたの! 私たちお友達になれると思うんです!」
「お、お友達?」

 ザントが不思議そうに首を傾けた。元がイケメンらしいので、変態の癖に無駄に可愛い。

「ええ、先ほどは祝福してくださったのですよね? わ、わたくしとおねえさまを……」
「そのとおりです! ボクは別に危害を与えるつもりなどなく、というか、そもそもボクが警戒対象だとも知らなかったんですけどね、いやなんでそうなった? だってボク直接マレーネたんとか無理すぎるのに何で笑えるとか思ってて」

 いきなり饒舌になるザント。怖い。

「ま、警護に当たってた訳なんですよ? それだけなんですよ? でも、目の前であんなにメイドさんとマレーネたんが素晴らしいから、我慢できずに祝福をと。だって、結婚してたでしょあれ。実質結婚してたよね?」

 まったく意味の分からない。

「ですよね! 結婚してましたよね!」
 
 マレーネ姫が興奮して同意する。
 なんだそりゃ意味わからん。結婚はしていません。そもそも女同士です。

「してたしてた、マジしてた!」
「だから私、ザントさまと詳しくお話したいと思いましたの」
「や、それは無理、百合に乱入するモブ男とか地雷すぎる無理」

 ザントが両手を振って断る。
 マレーネ姫が、私にギュッとしがみついた。

「お姉さま、一緒にお願いしてください」

 子リスのような瞳でおねだりされて、私は視線を泳がした。普通のことなら協力してあげたい。でも、この変態と友達とか、情操教育上よくない、絶対。

「それはいけません。マレーネ姫」
「はぁぁぁぁぁ! お叱りになるお姉さまメイドぉぉぉぉ」
「変態、黙れ!!」
 
 思わず怒鳴ってしまう。

「うう、地雷だけど、地雷だけど、マレーネたんのお願いを断れるかいや無理でしょ……でも、ボク、マレーネたんとお話とかハードル高すぎる」
「では、交換日記では?」

 マレーネ姫が食い下がる。

「こ、交換日記……」

 そう呟いてザントは真っ赤な顔をして倒れた。キャパオーバーだったらしい。マレーネ姫はなかなかの殺傷能力の持ち主だった。つおい。





 その後取り調べの結果、ザントはマレーネ姫に危害を加えられないと判断された。手紙は自身が婚約者候補に上がったことに感情が振り切れて、思わず出してしまったもので、そんなに不審に思われているとは考えてもいなかったらしい。なんでだ?
 今回の騒ぎも、『姫とメイドの仲良さに結婚祝いのフラワーシャワー』という意味のわからないことを供述しており、マレーネ姫が不問にするとのことで、かたがついた。良いのか?
 どちらにせよ、姫を信仰しすぎて、近寄ることはおろか、話さえできないくらいなのだから、危害など加えられないだろうと判断された。

 私は姫に頼まれて、交換日記をザントへ渡しに来た。犯人が拘束されて安心した姫様たちは、晩餐会の最中だ。
 ザントは私を見ると、先ほどとは打って変わった冷静な物腰で笑いかけた。

「やあ、メイドさん」
「まるで別人みたいですね。さっきのは何かの策略でしたか?」
「マレーネたんがいない、単体メイドさんには興味ないんで」

 ああ、そうですか。いっそ気持ちがいい。

「それにいつもあれだと仕事にならないでしょう」

 ごもっとも。
 私はため息を吐き出した。

「マレーネ姫から日記帳を預かってきました」
「はっ、はは」

 ひきつり笑いしながら、なんか泣いてる。キモイ。

「手紙のように、私室へ届けて欲しいとのことでした」
「はぁぁぁぁ、マレーネたん、女神……」

 私もそう思う。こんな変態にどんだけ心広いんだ。

「今回は大目に見ます。しかし、姫の優しさに漬け込んで、困らせるようなことだけは、くれぐれもなさらないでください」

 キッパリと言えば、ザントは不敵に笑った。

「メイドさん、おんにゃのこでしょ?」
「何を当たり前のことを」
「いや、ベルンシュタインちゃん」

 ピリリ、空気が凍る。頭のなかに反響する血液の音。バクバクと煩い。

「ああ、今回の詳細は魔道士殿もご存じですか」
「うん、だからね、心配で見てた訳なんだけと。ほら、不埒な騎士がマレーネたんに懸想でもしたら困るからね」

 お前が言うな!

「ではご承知でしょう。私は騎士です」
「それにしては、所作が自然すぎて心が女の子なのかな? それなら美味しいな許すって思ってたんだけど、でも君、女の子だよね?」
「違います」
「違わないよ。素足を触って確信した」

 ゾワゾワとした感触を思いだし、身震いしそうになる。グッと拳を握りしめて堪えた。

「別に脅そうとか、そう言うんじゃないから、警戒しないでよ」
「……」
「なに、アイスベルクの謀略なの?」
「違う! そんなんじゃない!」

 体が凍りつく。バレてしまった。バレたらこんな風に誤解される。だから、バレてはいけなかったのに。
 
 息が出来ない。苦しい。グルグルと視界が回る。

 終わったな。もう、王都には戻れない。すべてを捨てて、逃げるしかないのか。フェルゼンにはもう二度と会えない。手紙さえ送れない。

 シュテルは裏切ったと思うだろうな。

 そんなふうに誤解されるのだけは悲しかった。

「そんな悲愴な顔しないでよ。王家に仇なすつもりがなければ、ボクには関係ないし」
「そんなつもりない!」
「まあ、見てればわかるけどね。マレーネたんをあんなに大切にしてるんだから」
「……」
「ねえ、取引しよう、君は黙っていて欲しいんだろ?」
「脅しなどに屈するものかっ!」
「脅しじゃないよ、どっちかっていうとお願い?」

 私は黙ってザントを睨む。ザントはそれを見て不敵に笑った。

「マレーネたんともっと絡んでぇ!!!」
「は?」
「いや、心の叫びが、そうではなく、仲良くしてくださいお願いします」
「別に貴方に言われるまでもなく、姫が許してくれるなら私はそうしたいと思ってる」
「あばばばば、マジ尊い」
「貴方がどんな目で私たちを見ているか知りませんが、私にしてみれば、姫様は妹のような方ですから」
「は、はは、は、拝むわ」

 ザントが私に向かって五体投地した。意味がわからなさすぎる。引く。

「いや、も、ほんと、いいです、ご馳走さまです、ありがとうございます、誰にも言いませんし、なんなら協力しますから、ワタクシメを下僕にしてください」
「いや、キモイし、姫様の前でそれはやめて」
「ひ、はは、ボクは自分がマレーネたんに絡むとか、マジで地雷だから! 手紙は発作だったから。見てるだけでいい。壁でいい。空気なんて吸われるかもしれないものになるのは烏滸がましい」
「交換日記は書いてください」
「お、おぅっふ」

 なんだかわからないが、とりあえず大丈夫なのだろうか?
 本当に言葉通りなのか不安でしかたがないけれど、これ以上問いつめたところで、安心できるわけではないので、牢屋を後にした。
 ザントはお兄様と同じ歳だったはずだから、後で相談してから考えよう。そう心に決めた。