マレーネ姫と一緒に視察旅行へ出かける。馬車の中には、いつもの侍女とメイド、それと女装した騎士(?)の私である。
 マレーネ姫は、デビュタントを果たしたことから王族としての公務をつとめるようになった。今回はクラウトの家、ヴルツェル侯爵家領地への視察旅行だ。ヴルツェル侯爵家は昔から王家と親交が深く、代々王家親衛過激派だそうだから、初めての宿泊を伴う視察旅行にはお誂え向きともいえた。
 しかし、王女の視察旅行は前例がなく、かつ最近不審な手紙が届くこともあり、警備を厳重にしたいとのことで、メイド騎士が用意されたのだった。
 メイドに扮した私と、普通の騎士数人に、二年のクラウトも一緒だ。クラウトは自身の家でもあったから、特別に配備された。


「不審な手紙ってなんですか?」
 
 マレーネ姫に問う。

「普通、わたくし宛ての手紙は侍女たちを通してから届きますの。それなのに、その手紙はなぜだか直接私室に届くのです」
 
 不安そうに眉を潜める。
 それはそうだろう。王宮の警備を抜けて、姫君の私室を特定し、誰にも見られずに手紙を置くことができるとなれば、相当の能力だ。
 私室と言えども、侍女とメイドが侍っているので今のとこの被害は手紙だけだが、エスカレートすれば拉致や暗殺なんてことも考えられる。


「呪いの類などがかけられている形跡はないのですが……内容が……」
「内容が?」
「異常なのです。『マレーネたん すはすは』と」
「は?」

 ちょっと言ってる意味が分からない。

「いつも『マレーネたん すはすは』と書いてありますの!」

 マレーネ姫が恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 うん、確かに恥ずかしい。声にするのも恥ずかしい。

「……え、っとそれだけ、なんですか?」
「それだけなんですの」

 マレーネ姫が涙目になる。

「気持ち悪いですね……」

 文言の意味も分からなければ、行動も理解できない。
 例えば、一番考えらるのは恋文で、自分が誰かを明かし想いを伝えたい、というなら分からないでもない。あるいは脅迫で、何らかの要求をしてくるのなら、それも理解できる。

 だがしかし。『マレーネたん すはすは』なんだそれ。不敬だぞ。
 ただただひたすら気持ちが悪い。それを伝えることに何の意味がある。ただ気持ち悪い人が居る、それだけを露呈しているだけじゃないか。誰にも何のメリットもない。変態だ。

「ベルン様、どうぞを私をお守りください」
 
 両手を組んで祈るように見つめる姿に、胸がキュンとする。
 可愛い。マレーネ姫は変態に目を付けられてしまうほどに可愛いのだ。

「もちろんです姫様。あなたには指一本触れさせたりはしません」
「……ベルン様っ!」

 メイドもキラキラとした眼差しで見てはくれるが、現在私はそう、メイド服なんである。メイド服。あまり格好がつかない。
 ゴホンと侍女が咳払いするので、頭を下げる。

「貴女にはご迷惑をおかけします。ここにいる間はメイドですので、いたらない点はご指導ください」
「そんな騎士様にわたくしなどが」
「姫様のメイドとして、恥ずかしくないように教えていただけると助かります。メイドとしてお守りする。それが私の今回の任務ですので」
「は、はい……」

 侍女は顔を赤らめて俯いてしまった。



 視察先に到着する。ヴルツェル侯爵家では、花や薬草を栽培する農園を持っているのだ。見晴らしの良い丘に建っているヴルツェルのカントリーハウスは、由緒あるたたずまいで非常に大きい。
 馬車を降りて、いったん休憩をする。
 用意されたテーブルにつき、給仕を始める。
 マレーネ姫のテーブルの上には、先ほどまでなかった手紙が一通置かれていた。

「ひっ!」

 マレーネ姫が恐ろしさのあまり悲鳴を上げた。

「よろしいですか?」

 私はその手紙を拝借する。
 日に透かして見ても不審な点はない。呪いがかかっているような気配もなかった。
 少し離れたところで封を切る。

- マレーネたん メイドたんとなかよし おはなみたいね スンスン -

 きっもちわる!!! IQ2くらいか!

 呆然としているところにクラウトが来た。

「どうされましたか?」
「いや、これ、頭痛い……」

 内容を見せればクラウトも、ゲぇと口に出した。

「警備をよろしく頼む」
「承知しました。我が領地で自由にはさせません」

 凛々しく胸を叩き、クラウトは持ち場に戻った。頼もしい限りだ。私も姫の元へ戻る。

「あの、なんて書いてあったのでしょう?」

 マレーネ姫が恐る恐る尋ねる。

「いつもと変りない内容です。ただ、ここへ来ていることを知られてしまっていますね」

 マレーネ姫は顔をひきつらせた。確かに怖すぎる。

 私は安心させるように、マレーネ姫の震える手をそっと握る。

「……ベルン様……?」
「お茶を用意させましょう。少しリラックス出来るかもしれません」
「ええ」

 マレーネ姫の前で、ヴルツェル侯爵家のメイドがお茶をカップに注ぐ。真っ青なお茶の色に周囲はギョッとした。
 メイドは平然な顔をして説明する。

「マロウという花のお茶でございます。初めはこのように青いのですが、だんだんと紫に変わります」
「ベルン様の髪と同じ色ね」

 マレーネ姫が屈託なく笑った。

「そして、こう姫様の黄色を浮かべます」

 メイドがカップに輪切りのレモンを入れる。青に鮮やかな黄色が映える。
 すると今まで青紫だったお茶の色が、ピンク色に変わった。

「なんて素敵なの!」

 マレーネ姫はパチパチと拍手をした。まるでマジックみたいだ。 
 早速手を伸ばそうとする姫の手を柔らかく制し、私はカップを拝借した。

「失礼します」
 
 安心して飲んでもらえるように、カップに口を付けた。カップや紅茶に毒が入っていないことを分かってもらうためだ。
 ヴルツェル侯爵家を疑っているわけはないが、神出鬼没の手紙を送り付ける相手なのだ。用心として毒見をすることは、初めから了承を得ていた。


「外ですのでご無礼ご容赦ください」
「あ、べ、ベルンさまぁ……」

 マレーネ姫が顔を真っ赤にしている。どうしたのだろうか。

「このようなこと私たちが致しますのに」

 侍女に咎められる。

「あなた方が倒れたら困るでしょう? 私たち騎士は毒耐性をつけるための訓練をしておりますからご心配なく」

 安心させるために笑って見せれば、メイドも侍女も顔を真っ赤にして黙ってしまった。

「ありがとうございます。とても美味しいです」

 マレーネ姫がお茶を一口飲んで言った。
 恥ずかし気に頬を赤らめるその姿は、とても可愛らしかった。