三年生になって、だんだんと忙しくなってきた。軍の仕事に関わることも増えて来たからだ。
今日はまた難しい問題を出されて、クラスの中が静まり返る。みんなの視線が私に集まっているのが分かって痛い。
視察旅行に行かれるマレーネ姫の護衛に誰がなるか、という議題だ。マレーネ姫はデビュタントを終えてから、積極的に公務に携わっている。
今までの王女は、視察など行った試しがなかったから、ここへ来て警備上の問題が起ったのだ。
「ベルンだろ?」
「ベルンだな」
当たり前のようにクラスメイトが答える。
「僕は反対だ」
「俺もだ」
シュテルとフェルゼンも反対してくれる。こういう時こそ友達だ。ブラボー!
「いや、だって、物腰とか?」
「背は低くはないけど、ムキムキって訳でもないしな」
「毛深くないし、髭も薄いし」
「みんな自分がメイド服着たくないだけだよね?」
そう言えば、クラスメイトは目をそらして笑った。そう今回はただの警護ではない。メイドとして女装して警護に当たる、というのだ。いつもだったら我先にと、役目を奪い合う連中なのに今回ばかりは、押し付け合いになっている。
くっそ、嫌なことを人に擦り付けようとして!
「や、大丈夫! ベルンなら似合う!」
「うんうん! 見てみたい! 見てみたい!」
「ヤダよ! 私だって着たくない!! 170センチのメイドとか無理、無理だって!!」
「いや、綺麗なメイド連れて歩くの流行ってるだろ! 長身は舞台女優みたいでいいじゃないか!」
「はぁぁぁ? 美女なら女優かもしれないけどさ、ただのイカツイメイドなんか聞いたことないよ!!」
「まぁまぁまぁまぁ、ベルンはきっと綺麗だよ、な」
「笑ってるじゃないか! 絶対楽しんるよね!!」
必死に反論する。
「まぁ、それはともかく、ベルンならマレーネ姫にフワフワしないだろ?」
「ああ、確かに。俺たち姫様のお側近くなんて、緊張するしな? 匂いかぎたいしな?」
「そうそう。カワイイよなぁー、姫様」
「侍女ならお部屋で二人っきりとかある? あるのかな?」
「こ、こ、コルセットを締め付けたりとか、さ、さすがにそれはないか」
想像するだけでニマニマと口元が緩んでいるクラスメイトを見ると、確かにその辺の安全面では私が適任と思える。間違っても姫を襲うことはない。
シュテルがゴホンと咳払いをした。シュテルはマレーネ姫の兄なのだ。
クラスメイトは、顔を見合わせて気まずそうに黙る。
「わが領地の女騎兵でよければ推薦します」
「ああ! あれカッコよかったよなー!!」
クラスメイトが盛り上がる。好意的にとられていたようでとても嬉しい。
しかし、現実はそんなに甘くない。
「それは却下だ。これは士官学校に来た話だ」
指導教官には、即座に断られた。確かに依頼されたのは士官学校ならば、他へ回すことはできない。
それに、アイスベルクの騎馬隊は、唯一この国で認められた私設の軍隊だ。しかも創設されたばかりの女騎兵を信用できるかと言えば無理だろう。
「色々考えると、ベルンシュタインが適任なのかもしれないな。マレーネ姫様からもお前の名前が挙がっていた。ベルンならば出来るのではないかと」
指導教官が言った。
「……そうですね……。本当は王国に女騎士がいればいいのですが」
私は半ば諦めて答えた。
シュテルは大きくため息をついた。
「確かに女騎士の創設については考える時が来ているのかもしれないね」
シュテルが言った。
その言葉にドキリとする。もしそういう道があれば、私は私を偽らずに生きていけるのに。そう思った。
結局、マレーネ姫のメイド役は私が引き受けることになった。メイド服のお仕着せを着て、髪をお団子に縛り上げる。メイクはメイドにしてもらった。ロングスカート中には、魔力を抑える暗器をいくつか忍ばせた。
その姿でみんなの前に出れば、シーンとクラスが静まり返る。
「笑うなら笑えよ!」
今更言葉を選ばれる関係でもないから、余計に傷つく。
「……あ……、や……」
目をそらすな!!
「思った以上に……ハイレベル?」
「いや、かわいいわ、うん可愛い」
「ちょ、冗談やめて」
クラスメイトの冗談にいたたまれなくなる。こんなのが可愛いだなんて、全メイドにゴメンナサイだ。
「純粋にかわいい! マジで!」
「てか、キレイ?」
「叱られたい……叱ってなんなら打って」
「おれ、お前なら抱けるわ」
バン、と机を響く音がして驚けば、フェルゼンが立ち上がっていた。
「冗談でも止めろよ?」
ゆらりとフェルゼンの背中に炎が立ち上がって見えた。
明らかに冗談なのに、めったに怒らないフェルゼンがマジギレしてる、怖い。
女の私を万が一から守るためだとわかるけど、ビックリする。
「あ、わ、わりぃ」
再び静かになる教室。
「だから反対だったんだよ」
シュテルの吐き捨てるような声が響いた。こちらも不機嫌だ。
クラスの空気が重くなってしまった。自分のせいでギクシャクするのはイヤだ。
「みんな、お世辞で慰めてくれなくてもいいよ。ま、冗談でも私を組伏せられるつもりなら、いつでもかかってこいや!」
私はスカート姿で足をガニマタにドンと開き、冗談めかして挑発した。
クラスに笑いが起こる。
「中身までは変わらねーな」
「こんな女イヤだわ」
「熊倒すベルンを? ムリだわ!無理無理」
クラスの空気が変わってホッとする一方で、なんだか胸がチクリと痛む。
「じゃ、一応見せたからね、着替えてくるよ」
私は逃げるように教室を後にした。グッと拳を握る。仕方ない。空気を考えたら、あれしか思い付かなかった。でも、なんだろう。悲しさと空しさと屈辱感が沸き上がる。ため息を吐き出した。
後ろから追いかけてきたフェルゼンが肩を組んできた。
フェルゼンの手はいつでも暖かい。凍りそうになる私の心を暖めてくれる。
「ベルン、さっきは悪かった。お前にあんなこと言わせるつもりはなかった」
フェルゼンの一言で、心が少し軽くなる。
「いや、フェルゼンには苦労かけるね」
「苦労なんかじゃねーよ。俺がお前と卒業したいんだから」
「サンキュ」
「それに、あー……なんだ」
「なに?」
「俺も似合ってる……と思う」
「は?」
「お世辞じゃないと思ったから、ムキになった。わりい」
フェルゼンが顔を赤くしてそっぽを向いたから、ビックリする。つられてこちらまで顔が赤くなる。
え、なに。らしくない。
「あ、え? えぇーっと、ありがとうでいいのかな?」
「いいんじゃねーの、俺とお前の仲なんだし」
「そ、そっか?」
「ああ、控えめな胸がメイド服にはピッタリだ」
「結局それかーい!!」
ペチリとフェルゼンの鼻を叩き、組んだ肩をふりほどいた。
「イッテーな! なんだよ、誉めてんだろ!」
「オッパイ星人近寄んな!」
「ケツだって好きだ! バカにするな!」
「余計近寄んな!」
プンスカとはや歩きになる私を、宥めながらフェルゼンがついてくる。
いつものくだらないやり取りに心が軽くなって、笑いが自然に漏れてきた。うん、大丈夫だ。
更衣室のドアを閉めようとしたら、フェルゼンが扉を押さえた。
怪訝に思って顔を見る。真面目な瞳が赤く燃えている。
「冗談でも、お世辞でもなく、お前は魅力的だ。俺はいちいち言わないが忘れるなよ。変なこと気にして傷つくことないからな」
それだけいって手を離す。ドアが締まる。
私は驚いて座り込んだ。
なんだよ。それ。
目じりが熱くなる。
私、傷ついてたんだ。だから、あんなに変な気持ちになったんだ。
女の部分を自分自身で笑い者にしながら、実際に笑われて傷ついてたんだ。
フェルゼンは何でもお見通しだ。私自身が気づかない傷にさえ、気がついてそっと温めてくれる。
「なんだよ、知らないうちに良い男になっちゃってさ」
ジワリと染み込む優しさに、胸が一杯になる。
今日ばかりは、フェルゼンがモテるのがよくわかった。
優しくされて嬉しい。
でも、自分だけ情けなくて、寂しいとも思った。