家に戻れば、エルフェンバインお兄様とリーリエお姉様が帰ってきていた。
 エルフェンバインお兄様は今年二十四歳。王都の騎士団の副団長をしているので、なかなか会うことはできない。
 リーリエお姉様は十九歳で、今は王都のタウンハウスで社交シーズンを楽しんでいるはずだった。

 久々に家族全員で夕食を楽しみ、その後は兄弟水入らずでチェスを楽しむ。昔からお姉様はチェスが得意で、私はなかなか勝つことができなかった。

 
「ベルン、女騎馬隊の方はどうだい?」

 エルフェンお兄様が、リーリエお姉様とチェスを指しながら尋ねてくる。

「順調です。今日も訓練に行ってきました。明日はお兄様も一緒にどうですか?」
「そうだね、見に行こうか」

 お兄様は柔らかく微笑んだ。

「先のサラマンダーの討伐では、大変な功績を上げたそうじゃないか。もう将校並みの実力だと聞いたよ」
「誤解です。倒したのはシュテル王子です」
「殿下は金属性だろう? どうやって倒したんだ? 報告書を見たけれど、少し意味が分からなくてね」
「シュテル王子の水銀魔法の矢に、私の氷でシールドを張ったんです。サラマンダーの額に刺さってから、氷が融け中の水銀が熱で毒性を増し、敵を倒すことができました」
「……氷のシールドを魔法の矢に張る?」

 お兄様は復唱して、じっと私を見た。
 私は不思議に思ってお兄様を見返す。

「ベルンは何でも凍らせられるの?」
「さすがに炎は無理でした。お兄様だってそうでしょう?」

 エルフェンお兄様とリーリエお姉様も、私と同じ氷の魔法を持っている。お兄様は難しい顔をして、顎を擦った。

「私は、水分がある物に限り凍らせることができる。木や土は出来るが、魔法や生き物は無理だ」
「そうなんですか? お姉様は?」

 お兄様と二人で、お姉様を見れば、優しく頷いた。

「私も無理よ。それに魔法に魔法をかぶせるなんて、本でも読んだことはないわ」

 博学のお姉様の答えに私は驚いた。お姉様が知らないのなら、一般的ではないと分かる。
 エルフェンお兄様は少し考えるようにして、チェスの駒を進め、それから私を見た。

「ふーん……、そうか。うん。ベルンはこのまま軍に進むんだろう?」
「私は進みたいのですが、元帥閣下のご意向次第だと思います。元帥閣下は私が女だとご存知ですから。士官学校は許されても、正規の軍人として受け入れられるかは、微妙な気もします」
「ああ、そういう問題もあったね」

 お兄様はすっかり忘れていたように笑った。

「ベルンは『宵闇の騎士様』だから、絶対に上がってくるんだと思ってた」
「お兄様まで! やめてください」

 身内に二つ名を呼ばれるなんて、恥ずかしくなってしまう。

「ベルンは騎士になるべきだけどね」
「ええ、アイスベルクのように女騎士があればいいんですけど」

 そう答えれば、お兄様はお姉様の顔を見た。
 お姉様はニッコリと笑って、私を見る。

「ベルンの言うとおりね。王都に女騎士団があればいいのよね。昔の文献では、北の山脈の向こうにリリトゥという男子だけに魔法をかけるモンスターがいたそうよ。そういうモンスターを退治するには女騎士が必要だもの」

 お姉様は駒を盤に置きながら何でもないように言った。
 その言葉に、私は曖昧に笑う。

 夢みたいな話だと思う。アイスベルク家にはそんな権力はないし、あったとしても、周りが受け入れないと思う。
 か弱きレディーを守ることそこそナイトであり、騎士道、なのだ。

「それより私はね、ベルンに聞きたいことがあったの」
「なんでしょう?」
「シュテルンヒェン殿下のことよ」

 唐突にシュテルの名前が出て、心臓が跳ねる。顔が熱くなる。
 それを見てお姉様が楽しげに笑った。

「あれから傷の方はいかがかしら?」
「すっかり良くなっています」
「心配していたの。マレーネ姫から相談を受けて、オイルをお分けしたのだけれど」
「あれはお姉様のオイルだったんですか?」
「ええ。というよりも、私が小さかったあなたのために作ったオイルよ。覚えていない? ベルンはしょっちゅう怪我をしてきたから。女の子に傷があってはいけないでしょう?」
「それで、あんなに懐かしかったんだ……」

 呟けば、ピクリとエルフェンお兄様の眉が上がった。
 
「ベルン。お前殿下のオイルをなぜ知っている?」
「傷が背中なので私が塗っていたからですが?」
「士官学校にだって衛生兵がいただろう」
「騎士が背中の傷など見せたくないでしょう? 私のつけた傷ですし、私が見るのは当然です」

 っていうか、この話何回すればいいんだ!

 リーリエお姉様は、お兄様に圧力をかけるように氷のほほ笑みで制する。
 エルフェンお兄様はムッツリと黙って腕組みをした。静かにチェスのボードを睨みつけている。


「ベルンは殿下が大切なのね?」

 お姉様は、氷山のように染み入る水色の瞳で私を見た。

「ええ、大切です」

 それは間違いなく言い切れる。私はシュテルが大切だ。許されるまでは側にいたいし、側にいられなくなっても力になれる何かではありたい。
 
「そう、だったら王都にいられる努力はしなくてはいけないわね」
「な!」

 エルフェンお兄様が声を上げれば、お姉様が笑った。

「チェックメイトよ、お兄様」

 お兄様のキングを倒してリーリエお姉様が意味深に微笑めば、エルフェンお兄様は大きくため息をついた。

「負けたよ、リーリエ」