翌日は、女騎馬隊の訓練を見に行くことにした。こちらにいるうちは出来るだけ様子を見たいと思っていたのだ。
そもそもアイスベルクの騎馬隊は、専門職ではない。本職は別にあり、有事の際に希望者をつのり給金を払う、いわば傭兵に近いスタイルだ。ほとんどみんな知り合いのような、小さな領地内だからできるのだろう。
ウォルフも本職は馬を育てることだ。彼の場合は、隊長でもあるので加えて訓練指導も仕事として請け負ってくれている。
訓練は誰でも気ままに参加出来るようにしていた。給料は出ないけれど、軽食が無料で配られる。途中で抜けてもいいし、嫌になったら来なくてもいい、そんな緩いものだ。中には飯を食うため、運動不足の解消のため、なんて冗談を言う者もいる。
実際、飯を食うためだけでも良いのだ。騎馬隊に入れるレベルにならなくても、ここで最低限の読み書きと社会性を身につけてもらえれば良いと思っている。
同じものを女性にも与えたい。
そう思って、女性専門の指導訓練を初めて一年。人気店の看板娘がいたり、5人の子供の母親がいたり、色々なタイプの人間が集まっている。
本来の騎馬隊とは訓練を別にしているのは、レベルが違うのが一因でもあるが、お互い異性の目があると実力を発揮しにくいと感じたからだ。男女ともに、訓練中に恥じらいを感じてもらっては困る。
訓練の指揮を取っているのは、もともと活発だった我が家のメイドだ。護身術を身につけていたこともあり、センスが良かったのでお願いしている。
草原を駆ける馬の姿は美しい。私は静かに訓練の様子を眺めていた。
すると静かに馬たちが歩みを緩めた。
それに気が付いて、騎兵たちも様子をうかがう。
目の良い一人に気が付かれて、すぐに皆が集まってくる。
「ベルン様!!」
「調子はどう?」
「順調です」
答えを聞いて安心する。
「手合わせをお願いします!」
頭を下げられて、頬がほころぶ。楽しんでくれているみたいだった。
私は一人一人に稽古をつけた。
それからみんなで草原に座り、賑やかお茶会をして楽しんだ。
私のいない間にあった、楽しかったこと、苦しかったこと、そんな話を聞きながら、お茶を飲む。
「ベルン様、昨日のデートはどうでした?」
突然の質問に、口に入っていたマフィンが喉に詰まる。
立ち寄った雑貨店の看板娘が訓練に来ていたのだ。
「きゃぁぁぁ! デート!?」
恋バナ好きな少女たちが沸き立つ。
「デートじゃないって。いつもの町歩きだよ」
幼年学校から王都にいる私は、領地に帰る度にウォルフに付き合ってもらって、町歩きをしていた。なんで今さらこんな風に言われるのだろう。
「そうなんですか? でも、昨日のベルン様、とっても可愛かったです」
ニコニコと微笑まれて、どう反応したら良いのかわからない。
「『宵闇の騎士様』も素敵ですけど、少し遠く感じてしまうので、ワンピース姿は私たちのベルン様って感じで好きです」
そう言われるのは純粋に嬉しい。
「ありがとう」
「で、そのブローチ、隊長から貰ったんですよね!?」
胸に付けた四つ葉のクローバーを指差して問われる。
「えっ! 隊長!? ベルン様のお相手って隊長なの!?」
「だから違うってば!」
「隊長人気あるのになかなか決まった人が出来ないのって、それが理由だったの~?」
「だから」
否定する前に、言葉を被せてくる。女子トークの勢いにのまれる。
「昨日、二人で歩いてらして、スッゴク良い感じだったんですよ! あんなに穏やかに笑う隊長初めて見ました! ベルン様も可愛らしくて」
「穏やかに笑う……隊長?」
「うちのお店でお買い物してたんですけど、ベルン様の様子を見ながら、そのブローチ選んでいて……自分用だからなんて言ってラッピング断ってたのに!」
「自分用って、そんなわけないないない!」
「うちの店でも、パフェ半分こしてた!!」
カフェの店員が、煽るように追撃する。
「だって、そもそもあれ一人用じゃないでしょ!? いつもと同じようにしてもらっただけって知ってる癖に!」
憤慨して抗議をする。黙っていても用意してくれたのは、カフェだというのに。
「いつもってところがいいんじゃないですかぁ」
「それに苺の奪い合いしてましたよね!」
「隊長が苺の奪い合い!? 嘘でしょ……」
呆然とする少女たち。
私と同じ幼馴染たちは、何も言わずに笑っている。彼女たちからすれば、そんなウォルフは珍しくないはずだ。
「ウォルフって、どう思われてるの?」
思わず幼馴染たちに聞いてしまった。
彼女たちはクスクスと笑う。
「ウォルフは、勇猛果敢な騎馬隊長殿で、男女問わず憧れの的なんですよ」
「へぇ……」
「それなのに彼女がいないからみんな興味津々なんです」
「ああそれでか。でも私たちはそうじゃないよ。昔からウォルフは私のお守り係みたいなものだから」
答えれば幼馴染たちは、ニヨニヨと笑った。なにその笑い方。引くわ。
「もしかしてベルン様、他に好きな人います?」
落とされた言葉に、ボフンと顔が真っ赤になる。
チラリとシュテルの面影が瞳の奥を走った。
なんで、もう!
「……いるんですね?」
クスクス笑いが広がる。
「もしかして、あの方ですか? あの救護所で」
言いかけた幼馴染の唇を人差し指で抑えた。彼女は顔を真っ赤にして口を閉じる。彼女は救護所の警護をしていたのだ。
「それ以上はダメ。知ってるでしょう? 王都で私は男だということになっているんだ」
ここにいると忘れてしまうけれど、王都の私は男でなくてはいけない。
「『宵闇の騎士』は人を好きになったりしない」
きっぱりと告げれば、みんな顔を見合わせた。
「……そんなのって酷い……」
誰が言ったか分からない小さなつぶやきが聞こえた。