宿営地に戻れば、大喜びで迎えられた。新鮮な肉は、それだけでご馳走だ。

 フェルゼンが呆れた顔で、私たちを見た。

「ベルン……、お前いい加減にしろよ」

 三人いるのに、なぜだか迷わずに私を責める。当たってるけど。

「肉を持ってきて怒られるとは思わなかった」

 ムッとして言い返す。

「だって、お前、魔法使ってないだろ?」
「剣は使いました!」
「僕も援護したから、怒らないでよ」

 シュテルが間に入る。

「ベルンシュタイン先輩は私を助けてくれたんです!!」
「クラウト!」

 クラウトが声を張り上げるから、私は慌ててシーっと合図する。黙っていろと言うわけだ。

 大事になって、軍紀違反に問われても面倒だ。あれくらいのことで、書類をかかされたりしたくない。書類仕事は大っ嫌いなのだ。

 クラウトは顔を真っ赤にして、黙った。

「……は、はい……」

 それを見てフェルゼンが肩を組んでくる。

「ベルン、詳しい話を聞かせてもらうぜ」
「いやだから、ちょっとしたトラブルがね?」
「ほお? 俺には話せない話か?」
「いや、そうじゃないけど、めんどうっていうか」
「メ ン ド ウ ??」
「いや、ベルンは相変わらずカッコよかったよ」

 シュテルが、冷たい笑顔で答える。

 何がカッコイイだ、心にもないくせに。わざとフェルゼンを怒らせるつもりだ。
 チクショウ、裏切り者! 余計なことを言うな!!

「ちょっと、なに言って!」
「本当に僕もたいがいにして欲しいと思う」

 シュテルの声が冷たい。なんか私怒らせるようなことした?
 フェルゼンの腕に力が籠められた。

「どういうことかな?」
「わかった、わかったから、後で話すから!」
「後で? なんで今話せない」

 しつこい。

 私は諦めてため息をついた。

「だったら耳貸して」
「は?」

 フェルゼンが驚いて瞬きする。

 背の高いフェルゼンの頭を押さえつけて、つま先立ちして彼の耳元に口を寄せる。そしてコソコソと耳打ちする。

「内緒だよ」
「え」
「クラウトが熊に襲われかけた。上に知られると面倒だから、黙ってて」
「面倒って、お前」
「黙ってて、お願い。書類とか書きたくない」
「……わかった」

 フェルゼンが納得したところで、抑え込んでいた頭を離した。頭をきつく押さえ過ぎたのか、フェルゼンは顔を真っ赤にしている。
 なぜだか視線を感じて振り向くと、シュテルが不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
 周りが酷く静かだ。
 見回してみると、クラウトは顔を赤くして目をそらし、他の人たちもなんだが微妙な顔つきでこちらを見ていた。

 え? なに? 何事?

「ベルン、本当にキミたいがいにして?」

 シュテルは、私とフェルゼンの間に入り、引き離すようにした。

 ああ、フェルゼンと仲良くし過ぎに見えたのか。

 シュテルは昔から、幼馴染のフェルゼンを取られるのが嫌なのか、必ず間に入ってくる。
 そうした時は、私はそれに素直に従う。取るつもりなんかないし、喧嘩なんかしたくないからだ。

「ご、ごめん」

 しかし、私の謝罪はあっけなく無視される。

「話が付いたなら、まずは烹炊(ほうすい)係に持って行こう」

 シュテルが言えば、クラウトが熊を担いで持ってくる。三人で烹炊係へ熊と鳥と薪を持っていく。
 どうしても新鮮なたんぱく源が不足する戦場で、生肉はとても喜んでもらえた。

 帰り道、急に友好的になったクラウトが私に話しかけて来た。

「ありがとうございました」
「うん、でも、人が居るところではあんまり話題にしないように。面倒なことになると嫌だから」

 そう答えれば、キラキラと瞳を輝かせてくる。

「ベルンシュタイン先輩が、私を庇ってくださるなんて! 軍紀違反が明るみになれば、多少のお咎めはあるものと覚悟しておりました」
「そんなことないよ。敵との対戦中ならともかく、あれくらいのことで、書類とか調査とか面倒でしょ」
「ご自身の功を誇らずに素晴らしです!」
「だから、そんなことない。買いかぶりすぎだって」

 なんか、変な感じだ。大丈夫か? この子。命拾いしたばかりだから興奮してるのか、そもそも大袈裟に話すのが好きなタイプなのだろうか。

 シュテルは、相変わらずの形ばかりの優しい瞳で、私たちのやり取りを聞いている。
 あれ、内心絶対馬鹿にしてるやつ。

「私も先輩のようになりたいです!」
「……」

 返答に困る。

「シュテルンヒェン先輩やフェルゼン先輩から信頼が厚いのも頷けます!」

 なんか変な演説が始まったぞ。

「自然にあるものから縄を作り出し、そして血を流さずに獲物を得る姿の素晴らしさと言ったら」

 それ、現場で馬鹿にしてたよね? 田舎者って言ってたよね?

「森の王者を前にして、自分が盾となり仲間を救おうとする強い意志と判断力」

 それはシュテルも同じだと思うけど。

「風のように私の前に降り立って、いともたやすく私を守る。まるで神の降臨! 全てにおいて、憧れてやみません!!」

 なんか意味が分からない。理解が追い付かない。

「……えっと、縄の()い方なら教えるけど……?」
「はい!!」

 そんなに目をキラキラさせること? 縄の綯い方を習いたいって、騎士としてどうなんだ?

「……あの、それで、ですね」

 突然モジモジとするクラウト。どうしたトイレにでも行きたいのか?

「遠慮なく言って?」
「あ、あの、べ、ベルンシュタイン先輩は、フェルゼン先輩とお付き合いしてるのですか?」
「はぁ? してるわけないだろっ!!」

 今まで無言だったシュテルが怒鳴った。

 ビクリとクラウトが恐れ戦く。私だってビックリするわ。

「してるわけないよね! ねぇ?」

 シュテルが私に詰め寄る。顔が近い。顔が近い!!

「し、してない! そもそも男同士だ!」
 
 私男じゃないけど。まぁ、公式には男同士だ。

「最近では珍しくありません……し……」

 クラウトが言う。

 珍しくないの? 知らなかった。

 クラウトが顔を赤らめて伺うように私を見た。
 シュテルが、ほれ見ろって顔で私を見ている。

 なんだよ、なにがほれみろなんだよ!

「それに、さっき……、き、キスされて……いるように見えたので……その、男でもいいのかなとか……」

 はぁぁぁぁ? き、キス?

「キスなんかするわけない! 少し耳打ちしただけだよ!! 君のこと口止めしだけで!!」

 あの内緒話が誤解を生んだのか。それであんな変な空気だったのだ。
 
「フェルゼンとは幼馴染だ。子供の頃の距離感で話してしまうだけだよ」
「そうなんですね! 安心しました!」

 にこやかな笑顔で微笑まれて混乱する。

 安心? なにが? 

 シュテルは相変わらず、ジトーっとこちらを見ている。

「うん? とりあえず、誤解が解けて良かった」

 ここで、私とフェルゼンが付き合ってるなんて思われたら、運命の人を探しているフェルゼンに多大な迷惑が掛かってしまう。
 それはさすがに申し訳なかった。

「ねぇ、ベルン」

 シュテルが真っ黒い笑顔で肩を組んでくる。なんか怒ってる。怒ってる。

「シュテルも怒らないで! フェルゼンとは何でもない! 君のフェルゼン取ったりしない! まさか疑ってるわけじゃないよね?」
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ。フェルゼンは女好きで有名だからね」
「だよね!」
「うん、君はなーんにも分かってないようだから、今度じっくり話をしようね?」
「は?」
「じっくり、二人っきりで!」

「え、もしかして、付き合っているのは殿下と……?」
 
 クラウトが素っ頓狂なことを言い出す。

「そんなわけないでしょ! シュテルとも幼馴染なんだって! 私は誰とも付き合ってない!!」
「そうですよね! 良かったです!」

 ねぇ、なにが? 何が良いわけ?

 肩を組んだまま、シュテルは不気味に笑った。

 コワイ。


 テントに戻れば、シュテルが無理やり私を荷馬車の荷台へ引っ張り込んだ。

「ベルン、そこに正座」

 王者の貫禄で私に命じるから、私はスゴスゴと正座する。

「君に少し話しておかなくちゃいけない。君は宿営は初めてじゃないはずだけど、知らないようだからね」

 シュテルは私の両肩を掴んだ。
 真剣な顔で見つめてくる。

「こういう場所では、男色があるから刺激しないように気を付けること」
「だんしょく? ああ、よく聞くよね?」

 軽く答える私に、シュテルはため息をついた。

「男色の意味わかってないでしょ?」
「男同士の恋愛関係でしょ?」
「そうだよ、恋愛関係。キスしたり、裸で抱き合ったり……」

 具体的に言葉にされて思わず赤面する。
 シュテルは私の反応を見て、ムッとしたように言い放った。

「だから、刺激しないように!」
「刺激なんてしてないよ、それに私なんか」
「刺激、してる、されてるよ。自覚してよ」

 シュテルが真剣な目で見つめてくる。なんだか変だ。

「さっきの、フェルゼンとキスしてるように見えた。あれ、見たら周りはベルンは男色(そういうの)もありだと思うよ?」
「誤解だって」
「わかってる、けど」

 肩にあった手がスルリと首筋を上がって、頬を撫で耳に触れた。
 ゾクリと背中に何かが這い上がる。
 初めての感覚に、戸惑って息が苦しくなる。顔が熱くなる。

「フェルゼンのものなら、皆諦めるよ。でもそうじゃないんだろ? フェルゼンの女好きは有名だし。君の片想いならチャンスがあるって思われる」
「考えすぎ」

 耳にあった手のひらが頬を滑って、指先が唇を押さえる。黙れというのだ。
 触れた指先から、熱が伝わってしまいそうで恥ずかしい。
 
「考えすぎじゃない。心配だよ。ねぇ、誰のものにもならないつもりなら、軍にいる間だけは僕のもののふりをしなよ」

 シュテルのものって、付き合っているふりをしろというのだろうか。

 シュテルの指先が、私の唇をゆっくりとなぞる。顔が近づいてきて、シュテルの鼻が触れてしまいそうだ。
 息をするのも恥ずかしくなる。嫌だ。

「そんなの、イヤだ。変だ」

 声を絞り出して、睨みつける。

「僕じゃ気に入らない?」

 シュテルは指を止めて、目を細め冷たく微笑んで見せた。

 天使の風貌でどんだけ悪魔なんだ!

「そうじゃない。私がそんなことでシュテルを利用すると思ってるのか。見くびらないで欲しい」

 そんなことしたら、フェアな友達でいられなくなる。今後だって宿営はあるのだ。自分の身は自分で守る。他の皆もそうしているのに、自分だけ嘘ついて甘えるなんて変だ。

 シュテルは体をこわばらせた。そしてそっと手を引く。

「ゴメン。そういうつもりじゃなかった」
「わかってる、なんかわかんないけど、心配してくれてるんでしょ? それは嬉しい」
「……こういう場所は、瘴気にあてられて変になる奴がいるんだ。ベルンに嫌な目にあって欲しくない。そのためになら利用して欲しいと思った」

 ションボリとするシュテルを見て、私はため息をついた。

「……私、シュテルには敵わないけどさ、結構強いよ。でも、心配なら約束する。手に負えなさそうになったら助けを呼ぶし、君を頼るよ」
「わかった。本当に僕を頼ってよ」
「うん、心配ありがと」

 シュテルは小さく笑って、手を差し伸べてきた。私はその手を取って立ち上がる。

「うー……、足痺れた……」
「ゴメン」

 全然謝ってる風じゃなく笑う。

 よた付けばシュテルが支えてくれる。
 腰に回された手が大きくてびっくりした。見上げないと見えない場所にある顔。分かってはいたけれど、一回り大きい。いつの間にこんなに大きくなっていたんだろう。知ってはいたけれど、解かってなかった現実に、なぜだかドキリと胸が跳ねた。

「あー、シュテルに絞られたー!!」

 私は、ドキドキする心音を悟られないように、わざと大きい声を出して荷台から外へ出た。