町へ出て、戸籍屋による。早速、平民の戸籍を買う。嘘みたいにあっさりとオレは奴隷から人間になった。男爵の戸籍の金額を見たが、もうオレはそれが欲しいとは思わなくなっていた。
「で、戸籍の名前はどうする?」
「名前?」
「ああ、名前。苗字は今買っただろう?」
「……だったら、ジャンで」
「ジャンか、良い名前だな」
「いい名前?」
「意味を知らないのかい、お前さん。ジャンって言うのはさ、古い言葉で『神は慈悲深い』って意味なんだぜ?」
息ができないくらい、体中の空気が胸に集まってきて膨らむ。
神が今まで慈悲深かったことなんかあっただろうか。掃溜めで生まれて親なんか知らず、愛という名で飯を食い、大切にすべきものすら何一つ教えられず。
それでも、イザベラに出会えたのは、神様の慈悲だったのだろうか。偶然を運命と呼び変えるのは、性奴隷の常とう句だったけれど。
「……知らなかったよ」
あの人はどんな思いで、この名前を付けたのか。神様は救ってくれない、そう言ってたはずなのに。この名前に恥じないような、オレじゃなかったはずなのに。
戸籍屋の主人がバンと背中を叩いた。
「さぁ、新しい人生の出発だ! 景気よく行こうぜ! ジャン!」