なっ! なんとっ!



 ――白狐しろぎつねが

   まさかの

   恩返しにやって来た――




  ◇◆◇




 一人暮らしの僕。

 休日の土曜日は、部屋でのんびりと寛くつろぎながらテレビを見たり読書に耽ふけっていた。

 ずっと一人は寂しく暇だ。没頭出来る趣味で、僕は寂しさに蓋をする。



 午後3時頃、アパートの部屋のチャイムが鳴って、ドアを開けると白狐がにこにこ笑いながら後ろ足で立っていた。

 純白の美しい毛並み、つぶらな瞳に、モフモフの尻尾がぶんぶんと揺れている。

 見た目は可愛い狐だ。



「こんちはー! 先日はどうも」

「はあ、どうも」

 喋る狐……。

「ワタシ名前を『コーン』と申します。この間の恩返しに来ました。二つほど、ワタシに出来る範囲内のお望みを叶えましょう」

 目の前の白狐しろぎつねコーンは、喋る、喋る。

「あっ、そういうのいいんで。結構ですのでお帰り下さい」



 僕が慌ててドアを閉めようとしたら、するりと白狐しろぎつねコーンは部屋に上がり込んできた。



「ワタシ、これでも魔法が使える特別で高貴な狐なんです。怪我をして倒れてたところを助けてくれた貴方様に、是非ともお礼がしたいのですっ! お礼をして喜んでいただくまでは、魔法狐まほうぎつねの国に帰れません」

「うーん、でも二つなんでしょ?」

「はい、二つほどです。魔法ってねぇ、体力使うものですから疲れちゃうの」

「はあ、そうですか」



 何が良いだろう?

 早く恩返しを済ませてもらって、この白狐しろぎつねコーンにはとっとと帰ってもらいたい。



「か、彼女が欲しいかな〜」

「フフッ。フフフッ」



 白狐しろぎつねコーンが馬鹿にしたように笑う。



「わっ、笑ったな〜。どうせ、僕みたいな『冴えないモテない地味な男子』に彼女なんて高望みだと思ってるんだろう?」

「いえ、欲が無いなと思いまして。彰あきらさんは心優しいお方。たくさんの女子おなごとラブコメ化してハーレム展開などいかがでしょうか?」

「いや、一人で良いっ! 面倒くさいだろうが! 彼女が何人もいたら誕生日を覚えるのもプレゼントをあげるのも大変だ。……って、おいっ!! 今、何をしたー!?」



 白狐しろぎつねコーンはアパートの部屋の窓を開けて、コーンの手の平(正確には足の裏?)に、いつの間にかこんもり山盛りのった黄金色に輝く種を「フゥーッ!」と吹いた。

 慌てて止めようとしたけど、時既に遅し。

「すぐにあの種は拡散して、今夜にも花が咲きますよ〜」

「何の種だ?」

「彰さんの彼女になりたくなる匂いを発生させる花が咲くんです」

「はあぁぁぁっ!?」

「花の名前は『あなたに夢中花むちゅうか』。今、ワタシがつけましたけど。これはもう、明日が楽しみですね。ささっ、早く寝ましょう。寝たらすぐに明日になります」

「やめてくれっ! 今すぐ……やめてく……れ」



 なんだ? 急に眠気が……。

 抗えないほど強い睡魔が襲って来る。

 僕は白狐しろぎつねコーンの魔法で深い眠りについていた。




 ◇◆◇




 なんだろう?

 顔が痒かゆい? モゾモゾする。フワフワ。モゾモゾ。

 顔だけじゃない、くすぐったいような、気持ち良いような。

 あったかい……いや、暑い。



「ひゃあっ」

 ざらざらした何かが僕の顔や足や腕を一斉にペロッと舐めた。



 恐る恐る僕は目を開けた。

「うわぁぁ――」

 僕の部屋に何十匹ものモフモフ狐がいるぅ。

 僕は狐たちに埋もれて、体を起こすことすらままならない。

「コーン! コーンはどこにいるの?」

「ワタシはここですよ〜」

 面倒くさそうな声がした。

 僕の顔のすぐ横に白狐しろぎつねコーンは丸くなっていた。

「まさか、ハーレムって狐のハーレム?」

「えへっ。狐じゃ駄目でした? 一応は女狐めぎつねが集まってる筈はずですけど」



 モフモフ狐たちは、僕の部屋で好き勝手に暴れたりじゃれたりし始めている。

 てんやわんやの大騒ぎだ。



「騒がしいっ……。ご近所に怒られちゃうよ。皆さんには、今すぐ帰っていただいて!」

「ふぁ〜い」

 白狐しろぎつねコーンは欠伸あくびをしながら、器用に返事をした。

 ぱんっと、白狐しろぎつねコーンが両手を打つと狐たちは、たちまち居なくなった。

 狐の皆様は瞬時に消えたけど、部屋は荒れ放題だ。




「ごめんなさい」

 白狐コーンはシュンとしていた。

「ううん、良いよ良いよ。気持ちだけで嬉しいから」

 僕はリビングの小さなちゃぶ台を白狐コーンと囲んだ。

「二つ願いを叶えてもらったし、もう帰る?」

「えっ……」

「ふふっ。楽しかった。僕は一人暮らしだし、学校でもあんまり友達が居ないんだ。君が遊びに来てくれて楽しかったよ」



 白狐コーンは瞳をうるうるさせて僕を見つめてる。

「ワタシ、実は高貴な狐じゃなくて、落ちこぼれなんです」

 ごめん。それは、なんとなく気づいていたよ。

 僕は曖昧な顔をしながら頷いた。コーンに同情したからだ。僕には自慢出来る特技は無い。冴えないしモテないし地味男子だ。自覚している。

 だから白狐コーンの気持ちが分かる気がした。



「落ちこぼれなんて、コーンにだって良いところがあるよ」

「ホントですかっ!? どこです? どこ? どこ?」

 期待を込めた顔でぐいぐい迫ってくる白狐コーンにたじろぎながら、僕は精一杯答えた。

「可愛いところっ!」

「きゃっ!」

 白狐コーンは恥ずかしそうに両手(正確には前足?)で顔を隠した。身をよじりながらモジモジしている。

 これはなんだかコーンの可愛さにきゅんっとなるな。



「じゃあ、いっそワタシで良くないですか?」

「えっ? 何が?」

 パンッパンッと白狐コーンが両手を二回叩くと、どこからともなく白い煙がもくもくと出て来てコーンの全身を包んだ。



 ぼわゎゎゎん……。



 やがて煙が消える。

 中からめちゃくちゃ美人の女の子が現れた!



「ワタシですよ。コーンです」

「えっ!?」



 その子のすらりとした体つき、凛とした佇たたずまい。サラサラと美しい銀髪がふわっと揺れた。照れてほんのりピンクに染まる頬に、目鼻立ちのハッキリとした美しい顔に、僕は呆ほうけたように見惚れていた。



 彼女は瞳に力強い魅力を称えてる。



「君、コーンなの? 女の子?」

「あれ? 言いませんでしたっけ? ワタシ、雌メスです」



 ガツッ! 一発パンチをくらったかのような衝撃を受ける。



「良かったら、どうぞ彼女にしてくださぁい」

「いや、その……」

「ワタシ、彰さんと同じ学校に行きたいなぁ」

「だーめーだー。うちは女子より男子の方が人数が断然多いんだから。君を狼連中に見せるわけにはいかない」



 白狐コーンはニコニコ笑っている。

「ワタシを大切に思ってくれてるんですね?」

「いや、あの、種族が違うわけだし」

「ワタシ、魔法の修行を頑張って、いっぱい練習してちゃんと人間になります!」



 なっ、なんだか変な方向に話がいっている気がするけど、まぁ楽しいから良いか。



「ハーレムは?」

 意地悪く聞いてみると、白狐コーンはむくれてる。

「夢中花むちゅうかの種はもう蒔かないですっ」



 どうやら僕はこれから、暇とは無縁の生活を送ることになりそうだ。




          おしまい♪