開店直前ーー

ジャージを羽織り、教室に入るとすぐに香月くんが近づいてきた。


わぁやっぱりカッコいい…


「ジャージ脱げ。もう客並んでるぞ。」

「うぅ…」


この書生さん、容赦ないよ~

泣く泣くジャージを脱ぐと、香月くんは案の定
ぶはっと豪快に吹き出した。

クラスメイトも私の姿を見て盛り上がる。


一応貞子なので、髪を前に垂らし、
白い着物を7分丈の黒いスカートにインし、
白ソックスとつっかけサンダル。

文字だけじゃ表しきれないダサさに、
香月くんは「ナイスセンス」と満足そうにしながら言った。


9時になり開店すると、すぐにお店は賑わった。

私は恥ずかしさを感じる間もなく、お茶やお菓子の提供に追われる。

香月くんは通常の接客に加え、写真撮影やおしゃべりでほぼすべてのお客さんに捕まっている。


かくいう私は人気ゼロ…


「麻!」
「七瀬さん」

しばらく淡々とデリバリーサービスをこなした頃、お客さんに声をかけられ、嬉しくなって振り返ると、テーブルには大連くんと高崎くん。


「大連くん、高崎くん!
大連くん、自分のクラスなのに注文してくれたの?」

大連くんは午後のシフトだから、今は休憩中なのだ。

「まぁね。てか、案の定ダサいな、麻は。」

「なになに?『ダ貞子』??」

高崎くんは興味津々に私の胸元の名札を読み上げた。


高崎くんの告白をお断りしてから、なんとなく気まずかったけど気軽に声をかけてくれて正直嬉しい。

こんなの、告白を断った側の自己満足かもしれないけど…


「アハハ。そう、香月くんのせいでね…」

「アイツも分かりやすいなぁ」

「え?」

高崎くんの言葉の意味がわからず首をかしげる。

高崎くんは優しい笑顔を浮かべた。

「午後は着物で回りなよ。
七瀬さんは絶対似合うよ。」

「うん…」

頬に熱が灯っているのを感じる。

こんな風になるのは不純なんだろうか。
図々しいんだろうか。

一度でも私のことを好きだと言ってくれた男の子の言葉に、照れるのはおかしなことなんだろうか…


「…そうしてみる。
制服で回るのもつまらないな~って思ってたの。ありがとう。」

「お礼言われることじゃないから、俺のクラスにも金落としてよ。」

「それが狙いだったの?」

私と高崎くんは顔を見合わせて笑った。

よかった。
こんな風に友達に戻れて…「麻」


ドキッ


なんで…こんなに違うんだろう。

まるで違う音だ。違う言葉だ。

私に絶対音感があればきっとわかるのに。


どうして香月くんの声は私の脳に直接届くんだろう。