つかの間、前向きという言葉の意味がわからなくなった。
「……いや、いやいや。なに言ってんの」
なんだ、前向きに寝取るって。はじめて聞いた。
「だってあきらめきれないなら、それしかないじゃないですか。大丈夫です。結婚してるわけでもないし、しょせん高校生同士の恋愛なんて脆いもんです。だから頑張りましょう。私も協力しますから、七海さんを奪い返しましょう!」
力強い笑顔で、季帆が拳を握りしめてみせる。
その表情は、たしかに前向きだった。はきはきとした明るい声も。
俺はあっけにとられて、そんな季帆の顔を眺めていた。
「え……本気で言ってる?」
「もちろんです。可能性はあると思います。だって土屋くんと七海さん、すごく仲良しだったんでしょう?」
「いや、でも、季帆はそれでいいわけ?」
「はい。それで土屋くんが元気になるなら、それがいちばんです」
わけがわからない。お前、俺のことが好きなんじゃないのか。転校までするぐらい。
「さて。そうと決まれば、作戦を立てましょうか」
混乱する俺は放って、季帆は持ってきたクリームパンの袋を開けると
「まずはあの二人を仲違いさせないといけませんね。なにか彼氏さんのほうにクズなところでもあればいいんですけど」
パンに口をつけながら、真面目な顔で考え出したので
「いや、待って」
「なんですか?」
「無理だって、今更」
「今更って、昨日のことでしょう?」
「そうじゃなくて。俺と七海が出会ったのは、十五年前だぞ」
十五年。保育園でも小学校でも中学校でもいっしょにいた。思春期の男子にありがちな、好きな子に冷たく当たるなんてことも一切せず、ただただ最大限に優しくしてきた。十五年間、ずっと。
それで半年前に出会った男に、「優しいから」という理由で負けたのだから。
今更、ここからどう逆転するというのか。
「でもあの彼氏さん、そんなすごいイケメンってわけでもなかったですし。土屋くんが負けてるとも思いません」
それは、正直俺も思った。遠目にしか見えなかったけれど。とりあえず人目を引くようなかっこよさはない、いたって平凡な男だった。
ただ、だからこそ、よけいにこたえた。
顔で選んだわけではないのなら、本当に純粋に、「優しさ」で負けたのだろうから。
「私は土屋くんの顔のほうが好みです。圧倒的に」
「……それはどうも。てか、そういうことじゃなくて。七海は」
次の言葉を口にしようとしたら、ぎりっと胸の奥が痛んだ。
軽く唇を噛む。
「十五年いっしょにいたのに、俺を好きにならなかったってことだから。それを今更、どうすりゃいいんだよ」
「たしかに、それもそうですね」
絞り出すような俺の言葉に、なんともあっさり頷いてみせた季帆は
「――じゃあ、彼氏のほうにしましょうか」
「は?」
「私が、七海さんの彼氏を奪います。この方向でいきましょう」
淡々と言いながら、スカートのポケットからスマホを取り出した。
「……は? はあ?」
絶句して、そんな頭の悪い返ししかできずにいる俺にはかまわず
「土屋くん、その彼氏さんのことなにか知ってるなら教えてください。名前とかクラスとか部活とか」
季帆は片手で器用にスマホを操作しながら言った。
見ればメモ帳のアプリを開いている。情報を書き込もうとしているらしい。
「え、なに、本気?」
「もちろんです。土屋くんが吹っ切ることができないなら、これしかありません。私が七海さんの彼氏を寝取り、傷心の七海さんを土屋くんが慰めてゲット。うん、これでいきましょう!」
「え……い、いや、でも」
お前、俺のこと好きなんじゃないの?
とはさすがに訊けなかった。
困惑して季帆の顔を見つめる俺に、季帆はあいかわらず力強く笑って
「まかせてください、土屋くん。土屋くんが明日も生きたいと思えるよう、私、頑張りますから!」
途方に暮れるほどまっすぐな目で、ぐっと拳を握ってみせた。
「……いや、いやいや。なに言ってんの」
なんだ、前向きに寝取るって。はじめて聞いた。
「だってあきらめきれないなら、それしかないじゃないですか。大丈夫です。結婚してるわけでもないし、しょせん高校生同士の恋愛なんて脆いもんです。だから頑張りましょう。私も協力しますから、七海さんを奪い返しましょう!」
力強い笑顔で、季帆が拳を握りしめてみせる。
その表情は、たしかに前向きだった。はきはきとした明るい声も。
俺はあっけにとられて、そんな季帆の顔を眺めていた。
「え……本気で言ってる?」
「もちろんです。可能性はあると思います。だって土屋くんと七海さん、すごく仲良しだったんでしょう?」
「いや、でも、季帆はそれでいいわけ?」
「はい。それで土屋くんが元気になるなら、それがいちばんです」
わけがわからない。お前、俺のことが好きなんじゃないのか。転校までするぐらい。
「さて。そうと決まれば、作戦を立てましょうか」
混乱する俺は放って、季帆は持ってきたクリームパンの袋を開けると
「まずはあの二人を仲違いさせないといけませんね。なにか彼氏さんのほうにクズなところでもあればいいんですけど」
パンに口をつけながら、真面目な顔で考え出したので
「いや、待って」
「なんですか?」
「無理だって、今更」
「今更って、昨日のことでしょう?」
「そうじゃなくて。俺と七海が出会ったのは、十五年前だぞ」
十五年。保育園でも小学校でも中学校でもいっしょにいた。思春期の男子にありがちな、好きな子に冷たく当たるなんてことも一切せず、ただただ最大限に優しくしてきた。十五年間、ずっと。
それで半年前に出会った男に、「優しいから」という理由で負けたのだから。
今更、ここからどう逆転するというのか。
「でもあの彼氏さん、そんなすごいイケメンってわけでもなかったですし。土屋くんが負けてるとも思いません」
それは、正直俺も思った。遠目にしか見えなかったけれど。とりあえず人目を引くようなかっこよさはない、いたって平凡な男だった。
ただ、だからこそ、よけいにこたえた。
顔で選んだわけではないのなら、本当に純粋に、「優しさ」で負けたのだろうから。
「私は土屋くんの顔のほうが好みです。圧倒的に」
「……それはどうも。てか、そういうことじゃなくて。七海は」
次の言葉を口にしようとしたら、ぎりっと胸の奥が痛んだ。
軽く唇を噛む。
「十五年いっしょにいたのに、俺を好きにならなかったってことだから。それを今更、どうすりゃいいんだよ」
「たしかに、それもそうですね」
絞り出すような俺の言葉に、なんともあっさり頷いてみせた季帆は
「――じゃあ、彼氏のほうにしましょうか」
「は?」
「私が、七海さんの彼氏を奪います。この方向でいきましょう」
淡々と言いながら、スカートのポケットからスマホを取り出した。
「……は? はあ?」
絶句して、そんな頭の悪い返ししかできずにいる俺にはかまわず
「土屋くん、その彼氏さんのことなにか知ってるなら教えてください。名前とかクラスとか部活とか」
季帆は片手で器用にスマホを操作しながら言った。
見ればメモ帳のアプリを開いている。情報を書き込もうとしているらしい。
「え、なに、本気?」
「もちろんです。土屋くんが吹っ切ることができないなら、これしかありません。私が七海さんの彼氏を寝取り、傷心の七海さんを土屋くんが慰めてゲット。うん、これでいきましょう!」
「え……い、いや、でも」
お前、俺のこと好きなんじゃないの?
とはさすがに訊けなかった。
困惑して季帆の顔を見つめる俺に、季帆はあいかわらず力強く笑って
「まかせてください、土屋くん。土屋くんが明日も生きたいと思えるよう、私、頑張りますから!」
途方に暮れるほどまっすぐな目で、ぐっと拳を握ってみせた。