「土屋くん、いっしょにお昼食べましょう!」
 昼休みも、季帆はそう言って俺の前に現れた。手にはコンビニのビニール袋をぶら下げて。
「……あー、うん」
 とっさに断る理由も思いつかず、俺は曖昧に頷いて立ち上がる。そうして促されるまま、季帆といっしょに中庭へ移動した。

 中庭には、他にも数人の生徒がいた。それぞれ友達同士でベンチに座り、お弁当やパンを広げている。
「私、あれからずっと考えてたんです」
 俺たちも空いていたベンチに並んで座ったところで、季帆が唐突に切り出した。
「なにを?」
「土屋くんの死にたい気持ちを癒す方法。それで、やっぱりいちばんいいのは、私と付き合うことなんじゃないかと」
「……は?」

 真面目になにを言い出すのかと、眉を寄せて彼女のほうを見れば
「ひとりでいると、どうしても思い詰めちゃうと思うんです。誰かといっしょにいて、気を紛らわすほうがいいと思うんです。だからいちばんは、彼女を作ることじゃないかなって」
「……いや、でも」
 わかってます、と季帆は張りのある声で俺の言葉をさえぎって
「私のこと、好きじゃなくていいんです。昨日も言ったけど、ほんとに、都合良く扱ってもらっていいんです。なんでも言うこと聞くし、わがままなんてぜったい言わないし、いっそやりたいときに呼び出すだけのセフレみたいなものでいいので、ただ、私を土屋くんの傍に置いてくれませんか」
 こちらを見つめる季帆の顔は、思いがけなく真剣だった。
 一瞬、息が詰まる。
 ああ、やっぱり。ふいに思う。
 やっぱり彼女は、俺を追って転校してきたのかもしれない。

「……なあ」
 俺は弁当箱のフタを開けかけた手を止め、季帆を見ると
「季帆って、二学期からうちに転校してきたのか?」
「あ、はい。そうですよ」
「……なんで?」
 季帆はまっすぐに俺の顔を見つめたまま
「土屋くんと同じ学校に通いたかったからです」
 なんの迷いもない口調で、そう告げた。
 嘘ではなかった。間違いなく。それだけはわかった。

「土屋くんを見ていたかったんです。ずっと、学校でも」
 言葉どおり、季帆はたしかにずっと俺を見ていた。
 二学期から転校してきたのなら、もう転校して一ヶ月は経っている。だけどそのあいだ、季帆が俺に接触してくることはいちどもなかった。
 昨日まで。本当にただ、見ているだけ。

「なんで俺」
「土屋くんがあの日、私に声をかけてきたからです」
 返されたのは、昨日と同じ答え。聞いても、ちっともわからない答え。
 あの日、季帆とろくな会話をしなかったことは、俺も思い出した。
 大丈夫? 顔色悪いけど。座ってたら? ぐらいだ、たぶん。季帆にいたってはただただぼうっとしていて、なにもしゃべらなかった気がする。
 たったそれだけのことで、なぜここまで入れ込むのか。転校までするほど。
 わからない。さっぱりわからない。
 ただわかったのは、

「……ごめん」
「え?」
 彼女が本気で、だから俺も、彼女には真摯に返さなければならないということで。
「さっきの話だけど」
「さっき?」
「季帆が言ってた、付き合うっていう」
「ああ、はい」
 俺はまっすぐに季帆の目を見つめた。短く息を吸う。
「悪いけど、それはできない。季帆とは付き合えない。俺は」
 口に出して、よりいっそう気持ちがはっきりするのを感じた。
「七海以外、考えられない。まだ。どうしても」

  季帆はじっと俺の言葉を聞いていた。
 やがて短い沈黙のあとで、静かに
「あきらめない、ってことですか。あの子を」
「……そうだな」
「わかりました」
 季帆の声は、思いのほか落ち着いていた。消沈の色もなく、むしろこの答えが返ってくることは予想していたみたいに
「じゃあ、そっちの方向でいきましょう」
「そっち?」

「七海さんをあきらめず、前向きに寝取る方向で考えましょう」