砂浜にも、あの日と違いたくさんの人がいた。
さすがに海水浴をしている人はいなかったけれど、裸足になって足だけ水に浸している人はけっこういる。
それを見て、季帆もさっそく真似していた。脱いだスニーカーを片方ずつ両手にぶら下げて、波打ち際を進みながら
「樋渡くんがね、教えてくれたんです」
「なにを」
「七海さんが私のこと、うらやましいって言ってるって。あんなに勉強ができてすごい、って」
「……ああ」
たしかに七海が言いそうなことだった。なにかしら秀でたものがある人に対して、昔から七海は臆面もなく、羨望を口にしていたから。
俺もよく言われた。かんちゃんは頭が良くていいな、運動神経が良くていいな、わたしもそんなふうになりたい……。ただ賞賛と羨望のこもった目をして言うから、俺は嫌な気もせず、むしろ優越感がくすぐられるだけだったけれど。
「それ聞いたとき、私、どうしようもなく腹が立って」
だけど季帆は、苦々しくそう言った。
顔を伏せ、水に浸した自分のつま先を見下ろしながら。
「勉強ができるのなんて、今まで必死にやってきたからなんです。むしろ私は、それしかやってこなかったから。昔から人付き合いが下手で、小学校でも中学校でもうまくやれなくて。だけど勉強は他の子より少しだけよくできたから、これだけは頑張ろうと決めて。
そうしたら、そのうち学年でいちばん勉強ができるようになって、そしたらね、バカみたいだって思えるようになったんです。周りの子たちとうまくやれないこととか、友達ができないこととか、そんなことで悩むの。だって私、いちばんなんだから。誰よりも勉強ができるんだから。周りの低レベルな子たちと仲良くできなくたって、べつにいいやって」
俺は季帆の少し後ろに立ったまま、彼女の言葉を聞いていた。
言葉を重ねるたび、少しだけ揺れる彼女の肩を眺めながら。
「だから勉強することは、私の、唯一の命綱みたいなものだったんです。私がプライドを保って生きていくために、必要なことで」
だけど。
季帆は空を軽く仰ぎながら続ける。
打ち寄せてきた波が、彼女の足首まで濡らした。
「七海さんには、最初からそんなもの必要なかったんですよね。だってそんなものなくても、七海さんは許されるから。土屋くんにも樋渡くんにも、家族にも友達にも。ただ生きてるだけで、笑顔でいるだけで、みんなに大事にされて愛されてるから」
七海さんは、と少しだけ掠れた声で季帆が言う。
「私が死ぬほど欲しかったもの、当たり前みたいに手に入れてるのに。なのに、その価値なんてぜんぜんわかってない。だからあんなふうに、簡単に捨てようとしたりもできるんだなって、そう思ったら許せなくて。なにかあの子の大事なものを奪って、絶望した顔を見てやりたいって、そう、思ったんです」
吐き出すように一息に言い切って、季帆が息を吐く。
後ろにいるせいでその表情が見えなくて、俺は彼女のもとへ足を進めながら
「……季帆だって」
近づくと、淡い紫色に塗られた彼女の足の爪が、濡れて光を跳ね返していた。
打ち寄せてきた波に、俺のスニーカーのつま先も濡れる。
「七海が死ぬほど欲しかったもの、持ってんだよ。たぶん」
かまわず隣に立つと、ゆっくりと顔を上げた季帆が俺を見た。
「だから」その目を、俺はまっすぐに見つめ返しながら
「あの計画は、もうやめてほしい」
あの日バスの窓から見た、七海の泣き顔を思い出す。
「……計画」
「樋渡を、七海から奪うっていう計画」
頼むから、と続けた声は、自分でもちょっと驚くほど必死だった。
「――七海が泣くところ、もう、見たくないから」
季帆はなにも言わず、俺の顔を見つめていた。
表情のないその顔は、けれどどこか穏やかだった。
やがて彼女は海のほうへ視線を飛ばすと、眩しそうに目を細めながら
「……はい」
静かに呟いて、持っていたスニーカーをおもむろに砂の上に置いた。
代わりに、穿いていた白いプリーツスカートの裾を軽く持ち上げる。そうしてスカートが濡れないよう気をつけながら、また波打ち際を歩き出した。今度は、もう少し深いところまで。
「だからさ」その背中を呼び止めるように、俺は声を投げると
「やっぱりその髪、もとの色に戻せよ」
「もとの色?」
「もとの茶色に」
言ってからふと、四月に電車で声をかけたときの季帆は黒髪だったことを思い出し
「……あれ、でも四月は黒かったっけ」
「あ、はい。こっちの高校に転校してくる前に染めたんです。土屋くんの好みに合わせようと思って」
「俺の好み?」
「土屋くんチャラそうだったので、清楚な感じより軽そうな感じのほうが好きかなって」
「……俺チャラそうなの?」
「だって、電車で見ず知らずの女の子にいきなり声かけてくるじゃないですか」
からかうような季帆の口調に、俺は今更ちょっと恥ずかしくなりながら
「べつに、いつもそんなことしてるわけじゃないし。あの日は、季帆が具合悪そうだったから」
もっと言えば、数日前に七海が倒れていたから。それがなければ、俺はたぶん、あの日季帆に声をかけたりしなかった。
だから、むしろ。
「チャラいどころかすげえ一途だし。一途すぎて重いぐらい」
俺の行動なんて、本当に嫌になるほどぜんぶ、七海に影響されていて。
「はい、たしかに土屋くん、だいぶ重い人でしたね。意外でした」
「だろ。高校も、好きな子と同じ高校行きたいって理由だけで選んだぐらいだし」
「……そうなんですか?」
何気なく重ねた自虐に、思いがけなく真面目なトーンで季帆が聞き返してきた。
急に変わった声色に、俺はちょっと戸惑いながら
「そうだよ。七海といっしょに過ごす時間減らしたくなかったから、それだけで高校決めた」
いちどだって、迷うことなく。
七海のため、なんて理由をつけながら、本当のところは俺が七海といっしょにいたかったから。ただ、それだけで。
「……なんですか、それ」
俺の言葉に、ふいに季帆の笑顔が崩れる。
力が抜けたみたいに、唇の端から息を漏らして笑いながら
「そんなバカみたいな理由で高校決めたんですか、土屋くん」
「そんな理由でいいだろ、高校なんて」
「……私なんて」
途方に暮れた、泣き笑いのような顔だった。
「それで絶望して、死のうとまで思ったのに」
崩れるようにしゃがみ込みそうになった季帆の手を、俺は思わず握っていた。
「それこそバカだろ」強く力を込めながら、投げつけるように返す。
「高校なんてべつにどこだっていいじゃん。ただの通過点だし。どこの高校行くかじゃなくて、けっきょく、そこでどんだけ頑張れるかだろ」
「そうですね」
くしゃりと歪んだ変な笑顔で、季帆が呟く。もう片方の手がゆるゆると挙がって、そんな顔を隠すように額を押さえた。
「バカみたい、私」
「そりゃ北高はたいした学校じゃないけどさ。せめてここでずっとトップとって、ちゃんといい大学行ってやればそれでいいって俺は思ってるけど」
はい、と頷きかけて、季帆はふと顔を上げる。なにかに気づいたみたいに。
そうしてため息をつくように、小さく笑いをこぼすと
「……なに言ってるんですか」
悪戯っぽい声で、そう呟いた。
「私が来たから、もう土屋くんにトップは無理ですよ。ていうかこの前の模試で、さっそく私に負けてたじゃないですか。忘れたんですか?」
「うるせえな、あれは手抜いてただけだよ。次からは本気出すから、また俺が一位だから」
「残念ですけど、土屋くん程度じゃ無理ですよ。そんな長年恋にうつつを抜かしてた土屋くんと違って、こっちは人生かけてきたんですから。ガリ勉なめないでください」
「へえ、そりゃ次のテストが楽しみだな」
笑いながら言うと、季帆もつられるように笑ってから、いきなり水に浸していた足を勢いよく上げた。しっかり、つま先へこちらへ向けて。
「うわ!」飛んできた水飛沫が、俺にかかる。足と、少しお腹のあたりまで飛んだ。
「いや、ガキみたいなことすんなよ」
あきれていなしても、季帆はかまわず同じ動作を繰り返してきた。心底楽しげな笑い声を立てながら。デニムが水を吸って、少し重たくなる。彼女の長いスカートの裾も、すっかり濡れていて
「やめろって、今日も着替えとかないんだから」
「私もです。だから帰れなくしてやろうと思って」
「は?」
「今日はお金あるでしょう?」
「いや、あるけど」
「私ね」
俺の顔を見上げた季帆が、眩しそうに目を細める。
「すごく楽しみだったんです、今日。今日まではなんとしても、生きていたいって思うぐらい。ぜったい、ぜったい死なないようにしようって」
「うん」
「だから、終わらせたくなくて。できるだけ長く、今日を続けたくて。行きの電車からずっと、そんなことばっかり考えちゃって」
「……なんだ、それ」
俺は思わず、つかんだままだった彼女の手を強く握りしめながら
「今日が終わったら、また作ればいいじゃん」
「え」
「次の約束。また行きたいところ探して、計画立てよう。今日みたいに」
「……そうですね」
一拍置いて、彼女の顔に笑みが満ちていく。
「じゃあ」どこか泣きそうにも見えるくしゃくしゃな笑顔で、季帆は俺の手をぎゅっと握りかえしながら
「帰りの電車で探しましょう、次に行きたいところ」
「うん」
「今日が終わる前に、次の約束をしてください。また明日からも、生きていこうと思えるように」
「……うん」
それならずっと、こうして続けていけばいい。
彼女と行きたい場所なら、どうせ、数え切れないぐらい見つかるから。
尽きるまでずっと、次の約束をすればいい。
途切れないように。
きみが明日も、生きてくれるように。
end.
さすがに海水浴をしている人はいなかったけれど、裸足になって足だけ水に浸している人はけっこういる。
それを見て、季帆もさっそく真似していた。脱いだスニーカーを片方ずつ両手にぶら下げて、波打ち際を進みながら
「樋渡くんがね、教えてくれたんです」
「なにを」
「七海さんが私のこと、うらやましいって言ってるって。あんなに勉強ができてすごい、って」
「……ああ」
たしかに七海が言いそうなことだった。なにかしら秀でたものがある人に対して、昔から七海は臆面もなく、羨望を口にしていたから。
俺もよく言われた。かんちゃんは頭が良くていいな、運動神経が良くていいな、わたしもそんなふうになりたい……。ただ賞賛と羨望のこもった目をして言うから、俺は嫌な気もせず、むしろ優越感がくすぐられるだけだったけれど。
「それ聞いたとき、私、どうしようもなく腹が立って」
だけど季帆は、苦々しくそう言った。
顔を伏せ、水に浸した自分のつま先を見下ろしながら。
「勉強ができるのなんて、今まで必死にやってきたからなんです。むしろ私は、それしかやってこなかったから。昔から人付き合いが下手で、小学校でも中学校でもうまくやれなくて。だけど勉強は他の子より少しだけよくできたから、これだけは頑張ろうと決めて。
そうしたら、そのうち学年でいちばん勉強ができるようになって、そしたらね、バカみたいだって思えるようになったんです。周りの子たちとうまくやれないこととか、友達ができないこととか、そんなことで悩むの。だって私、いちばんなんだから。誰よりも勉強ができるんだから。周りの低レベルな子たちと仲良くできなくたって、べつにいいやって」
俺は季帆の少し後ろに立ったまま、彼女の言葉を聞いていた。
言葉を重ねるたび、少しだけ揺れる彼女の肩を眺めながら。
「だから勉強することは、私の、唯一の命綱みたいなものだったんです。私がプライドを保って生きていくために、必要なことで」
だけど。
季帆は空を軽く仰ぎながら続ける。
打ち寄せてきた波が、彼女の足首まで濡らした。
「七海さんには、最初からそんなもの必要なかったんですよね。だってそんなものなくても、七海さんは許されるから。土屋くんにも樋渡くんにも、家族にも友達にも。ただ生きてるだけで、笑顔でいるだけで、みんなに大事にされて愛されてるから」
七海さんは、と少しだけ掠れた声で季帆が言う。
「私が死ぬほど欲しかったもの、当たり前みたいに手に入れてるのに。なのに、その価値なんてぜんぜんわかってない。だからあんなふうに、簡単に捨てようとしたりもできるんだなって、そう思ったら許せなくて。なにかあの子の大事なものを奪って、絶望した顔を見てやりたいって、そう、思ったんです」
吐き出すように一息に言い切って、季帆が息を吐く。
後ろにいるせいでその表情が見えなくて、俺は彼女のもとへ足を進めながら
「……季帆だって」
近づくと、淡い紫色に塗られた彼女の足の爪が、濡れて光を跳ね返していた。
打ち寄せてきた波に、俺のスニーカーのつま先も濡れる。
「七海が死ぬほど欲しかったもの、持ってんだよ。たぶん」
かまわず隣に立つと、ゆっくりと顔を上げた季帆が俺を見た。
「だから」その目を、俺はまっすぐに見つめ返しながら
「あの計画は、もうやめてほしい」
あの日バスの窓から見た、七海の泣き顔を思い出す。
「……計画」
「樋渡を、七海から奪うっていう計画」
頼むから、と続けた声は、自分でもちょっと驚くほど必死だった。
「――七海が泣くところ、もう、見たくないから」
季帆はなにも言わず、俺の顔を見つめていた。
表情のないその顔は、けれどどこか穏やかだった。
やがて彼女は海のほうへ視線を飛ばすと、眩しそうに目を細めながら
「……はい」
静かに呟いて、持っていたスニーカーをおもむろに砂の上に置いた。
代わりに、穿いていた白いプリーツスカートの裾を軽く持ち上げる。そうしてスカートが濡れないよう気をつけながら、また波打ち際を歩き出した。今度は、もう少し深いところまで。
「だからさ」その背中を呼び止めるように、俺は声を投げると
「やっぱりその髪、もとの色に戻せよ」
「もとの色?」
「もとの茶色に」
言ってからふと、四月に電車で声をかけたときの季帆は黒髪だったことを思い出し
「……あれ、でも四月は黒かったっけ」
「あ、はい。こっちの高校に転校してくる前に染めたんです。土屋くんの好みに合わせようと思って」
「俺の好み?」
「土屋くんチャラそうだったので、清楚な感じより軽そうな感じのほうが好きかなって」
「……俺チャラそうなの?」
「だって、電車で見ず知らずの女の子にいきなり声かけてくるじゃないですか」
からかうような季帆の口調に、俺は今更ちょっと恥ずかしくなりながら
「べつに、いつもそんなことしてるわけじゃないし。あの日は、季帆が具合悪そうだったから」
もっと言えば、数日前に七海が倒れていたから。それがなければ、俺はたぶん、あの日季帆に声をかけたりしなかった。
だから、むしろ。
「チャラいどころかすげえ一途だし。一途すぎて重いぐらい」
俺の行動なんて、本当に嫌になるほどぜんぶ、七海に影響されていて。
「はい、たしかに土屋くん、だいぶ重い人でしたね。意外でした」
「だろ。高校も、好きな子と同じ高校行きたいって理由だけで選んだぐらいだし」
「……そうなんですか?」
何気なく重ねた自虐に、思いがけなく真面目なトーンで季帆が聞き返してきた。
急に変わった声色に、俺はちょっと戸惑いながら
「そうだよ。七海といっしょに過ごす時間減らしたくなかったから、それだけで高校決めた」
いちどだって、迷うことなく。
七海のため、なんて理由をつけながら、本当のところは俺が七海といっしょにいたかったから。ただ、それだけで。
「……なんですか、それ」
俺の言葉に、ふいに季帆の笑顔が崩れる。
力が抜けたみたいに、唇の端から息を漏らして笑いながら
「そんなバカみたいな理由で高校決めたんですか、土屋くん」
「そんな理由でいいだろ、高校なんて」
「……私なんて」
途方に暮れた、泣き笑いのような顔だった。
「それで絶望して、死のうとまで思ったのに」
崩れるようにしゃがみ込みそうになった季帆の手を、俺は思わず握っていた。
「それこそバカだろ」強く力を込めながら、投げつけるように返す。
「高校なんてべつにどこだっていいじゃん。ただの通過点だし。どこの高校行くかじゃなくて、けっきょく、そこでどんだけ頑張れるかだろ」
「そうですね」
くしゃりと歪んだ変な笑顔で、季帆が呟く。もう片方の手がゆるゆると挙がって、そんな顔を隠すように額を押さえた。
「バカみたい、私」
「そりゃ北高はたいした学校じゃないけどさ。せめてここでずっとトップとって、ちゃんといい大学行ってやればそれでいいって俺は思ってるけど」
はい、と頷きかけて、季帆はふと顔を上げる。なにかに気づいたみたいに。
そうしてため息をつくように、小さく笑いをこぼすと
「……なに言ってるんですか」
悪戯っぽい声で、そう呟いた。
「私が来たから、もう土屋くんにトップは無理ですよ。ていうかこの前の模試で、さっそく私に負けてたじゃないですか。忘れたんですか?」
「うるせえな、あれは手抜いてただけだよ。次からは本気出すから、また俺が一位だから」
「残念ですけど、土屋くん程度じゃ無理ですよ。そんな長年恋にうつつを抜かしてた土屋くんと違って、こっちは人生かけてきたんですから。ガリ勉なめないでください」
「へえ、そりゃ次のテストが楽しみだな」
笑いながら言うと、季帆もつられるように笑ってから、いきなり水に浸していた足を勢いよく上げた。しっかり、つま先へこちらへ向けて。
「うわ!」飛んできた水飛沫が、俺にかかる。足と、少しお腹のあたりまで飛んだ。
「いや、ガキみたいなことすんなよ」
あきれていなしても、季帆はかまわず同じ動作を繰り返してきた。心底楽しげな笑い声を立てながら。デニムが水を吸って、少し重たくなる。彼女の長いスカートの裾も、すっかり濡れていて
「やめろって、今日も着替えとかないんだから」
「私もです。だから帰れなくしてやろうと思って」
「は?」
「今日はお金あるでしょう?」
「いや、あるけど」
「私ね」
俺の顔を見上げた季帆が、眩しそうに目を細める。
「すごく楽しみだったんです、今日。今日まではなんとしても、生きていたいって思うぐらい。ぜったい、ぜったい死なないようにしようって」
「うん」
「だから、終わらせたくなくて。できるだけ長く、今日を続けたくて。行きの電車からずっと、そんなことばっかり考えちゃって」
「……なんだ、それ」
俺は思わず、つかんだままだった彼女の手を強く握りしめながら
「今日が終わったら、また作ればいいじゃん」
「え」
「次の約束。また行きたいところ探して、計画立てよう。今日みたいに」
「……そうですね」
一拍置いて、彼女の顔に笑みが満ちていく。
「じゃあ」どこか泣きそうにも見えるくしゃくしゃな笑顔で、季帆は俺の手をぎゅっと握りかえしながら
「帰りの電車で探しましょう、次に行きたいところ」
「うん」
「今日が終わる前に、次の約束をしてください。また明日からも、生きていこうと思えるように」
「……うん」
それならずっと、こうして続けていけばいい。
彼女と行きたい場所なら、どうせ、数え切れないぐらい見つかるから。
尽きるまでずっと、次の約束をすればいい。
途切れないように。
きみが明日も、生きてくれるように。
end.