「……死にたい」
そんな声がこぼれたのは、ふらふらと駅まで戻ってきて、ホームのベンチに崩れるように座り込んだとき。
頭の中に、さっき見た光景がぐるぐると回る。
あれは間違いなく、七海だった。見間違えるはずがない。物心がついた頃からずっと傍にいた、誰よりも大切な、俺の幼なじみ。
放課後、校門を出たところで、彼女を見かけた。
数メートル前を、知らない男と二人で歩いていた。
同じ高校の制服を着ていたから、たぶんクラスの友達かなんかだろう。そのときはただそれだけ思って、俺は当たり前のように二人へ追いつこうと足を速めた。友達だろうがなんだろうが、七海が男と二人で歩いているのは気に食わなかったから、俺も混ざってやろうと、そう思って。
だけど途中で、ふと足が止まった。
彼らがおもむろに、手をつないだから。
駅へ向かっているのだと思った二人は、駅を通り過ぎて商店街のほうへ歩いていった。しっかりとつないだ手は離すことなく。
俺は一定の距離を保ったまま、そんな二人のあとをつけた。
頭を埋めようとする嫌な予感を、必死に押しのけながら。
やがて街のはずれにある小さな公園に入った二人は、ベンチに並んで座った。
見つからないよう、俺は離れた位置にあるトイレの陰から二人を眺めていた。
どのくらい経っただろう。
しばらく話し込んでいた二人が、ふいに動いた。
男の右手が挙がり、七海の頬に触れる。そうしてふっと七海のほうへ顔を近づけた。男の手が、頬にかかる七海の髪を軽く掻き上げる。
拍子に、目を閉じた七海の横顔がちらっと見えた。
気づいたときには、俺は逃げるように踵を返していた。
なんだ、今の。なんだ今の。
わけがわからなかった。
だって、七海だ。
生まれたときからいっしょにいる、俺の筋金入りの幼なじみだ。
気弱で引っ込み思案で、おまけに身体が弱くて。保育園ではいつも、外で走り回って遊べなかった彼女。
そんな彼女をひとりぼっちにしてはいけないと、俺はたぶん子供心に思っていて。外で遊びたいのを我慢して、いつも彼女と室内で遊んでいたのを覚えている。七海が誰かに意地悪をされたときには、俺が飛んでいって代わりに怒ったりもした。
物心がついた頃から、それは俺にとって当たり前の日常だった。
七海を守ることが、俺に与えられた役目なのだと思っていた。
小学校にあがっても、中学校にあがっても、それは変わらなかった。しょっちゅう体調を崩す七海を保健室へ連れて行ったり、下校中に貧血を起こした七海を背負って家まで送ったり。
――かんちゃんがいてくれてよかった。
そのたび七海は、噛みしめるようにそう言っていた。
何度も、何度も。
七海は俺を必要としてくれているのだと思った。か弱く頼りない彼女を、俺が守ってやらなければならないのだと。
だから高校も、レベルを落として彼女と同じ高校を選んだ。なにも迷うことなく。俺にとって、それが当たり前だったから。
そのときにも七海は言っていた。
――よかった。かんちゃんといっしょなら、安心だね。
なのに。
「あーあ……」
力無い声がこぼれる。
気づけば戻ってきていた高校の最寄り駅で、へたり込むようにベンチに腰掛ける。
ああ、なんか、これ、
「……死にたい」
ぼそっと呟いた声に重なり、電車の到着を告げるベルが鳴った。
三番乗り場に上り電車がまいります、のアナウンス。
俺は何とはなしに顔を上げると、線路の向こうへ目をやった。青色の車両が近づいてくる。
乗ろっかな、とぼんやり思う。このまま家に帰っても、たぶんよけいに死にたくなる。それなら街にでも繰りだそう。そう思い立って、ベンチから立ち上がったとき
「――だめです!」
そんな張りのある声と同時に、誰かが勢いよく視界にすべりこんできた。
びっくりして一瞬息が止まる。
まっすぐに俺の目を見つめたその子は、ずいっと俺のほうへ顔を突き出し
「死ぬなんて、そんな! ぜったいだめですから! 死んでも止めますから、私!」
至近距離から、必死の形相で叫んできた。
そんな声がこぼれたのは、ふらふらと駅まで戻ってきて、ホームのベンチに崩れるように座り込んだとき。
頭の中に、さっき見た光景がぐるぐると回る。
あれは間違いなく、七海だった。見間違えるはずがない。物心がついた頃からずっと傍にいた、誰よりも大切な、俺の幼なじみ。
放課後、校門を出たところで、彼女を見かけた。
数メートル前を、知らない男と二人で歩いていた。
同じ高校の制服を着ていたから、たぶんクラスの友達かなんかだろう。そのときはただそれだけ思って、俺は当たり前のように二人へ追いつこうと足を速めた。友達だろうがなんだろうが、七海が男と二人で歩いているのは気に食わなかったから、俺も混ざってやろうと、そう思って。
だけど途中で、ふと足が止まった。
彼らがおもむろに、手をつないだから。
駅へ向かっているのだと思った二人は、駅を通り過ぎて商店街のほうへ歩いていった。しっかりとつないだ手は離すことなく。
俺は一定の距離を保ったまま、そんな二人のあとをつけた。
頭を埋めようとする嫌な予感を、必死に押しのけながら。
やがて街のはずれにある小さな公園に入った二人は、ベンチに並んで座った。
見つからないよう、俺は離れた位置にあるトイレの陰から二人を眺めていた。
どのくらい経っただろう。
しばらく話し込んでいた二人が、ふいに動いた。
男の右手が挙がり、七海の頬に触れる。そうしてふっと七海のほうへ顔を近づけた。男の手が、頬にかかる七海の髪を軽く掻き上げる。
拍子に、目を閉じた七海の横顔がちらっと見えた。
気づいたときには、俺は逃げるように踵を返していた。
なんだ、今の。なんだ今の。
わけがわからなかった。
だって、七海だ。
生まれたときからいっしょにいる、俺の筋金入りの幼なじみだ。
気弱で引っ込み思案で、おまけに身体が弱くて。保育園ではいつも、外で走り回って遊べなかった彼女。
そんな彼女をひとりぼっちにしてはいけないと、俺はたぶん子供心に思っていて。外で遊びたいのを我慢して、いつも彼女と室内で遊んでいたのを覚えている。七海が誰かに意地悪をされたときには、俺が飛んでいって代わりに怒ったりもした。
物心がついた頃から、それは俺にとって当たり前の日常だった。
七海を守ることが、俺に与えられた役目なのだと思っていた。
小学校にあがっても、中学校にあがっても、それは変わらなかった。しょっちゅう体調を崩す七海を保健室へ連れて行ったり、下校中に貧血を起こした七海を背負って家まで送ったり。
――かんちゃんがいてくれてよかった。
そのたび七海は、噛みしめるようにそう言っていた。
何度も、何度も。
七海は俺を必要としてくれているのだと思った。か弱く頼りない彼女を、俺が守ってやらなければならないのだと。
だから高校も、レベルを落として彼女と同じ高校を選んだ。なにも迷うことなく。俺にとって、それが当たり前だったから。
そのときにも七海は言っていた。
――よかった。かんちゃんといっしょなら、安心だね。
なのに。
「あーあ……」
力無い声がこぼれる。
気づけば戻ってきていた高校の最寄り駅で、へたり込むようにベンチに腰掛ける。
ああ、なんか、これ、
「……死にたい」
ぼそっと呟いた声に重なり、電車の到着を告げるベルが鳴った。
三番乗り場に上り電車がまいります、のアナウンス。
俺は何とはなしに顔を上げると、線路の向こうへ目をやった。青色の車両が近づいてくる。
乗ろっかな、とぼんやり思う。このまま家に帰っても、たぶんよけいに死にたくなる。それなら街にでも繰りだそう。そう思い立って、ベンチから立ち上がったとき
「――だめです!」
そんな張りのある声と同時に、誰かが勢いよく視界にすべりこんできた。
びっくりして一瞬息が止まる。
まっすぐに俺の目を見つめたその子は、ずいっと俺のほうへ顔を突き出し
「死ぬなんて、そんな! ぜったいだめですから! 死んでも止めますから、私!」
至近距離から、必死の形相で叫んできた。