「・・・うええ寂しいよう・・・」
「いや早くない?」

ミーンミンと鳴くセミたちがうるさい。扇風機だけが回っている放課後の蒸し暑い教室の中には私と春原くんだけで、寂しいと騒ぐ私の背中を春原くんが叩いてくれる。

将来の事が何も決まらないまま淡々と進んでいく時間。近づいてくる卒業の2文字。まだ夏休みも始まっていないのに、なぜか私は既に凄く寂しい。なんでだ。

「わたしだけ、全然やりたい事決まってないし。」
「焦らなくてもいいんだって。」
「・・・でも、焦る。」
「大丈夫だよ。」

ふっと笑って、春原くんはもう一度繰り返す。大丈夫だよ、秋山なら。
何の根拠があって、なんて憎まれ口がこぼれたけど、春原くんの大丈夫を心強く感じてしまった事は内緒だ。

「あ、そういえば昨日カラオケ行ってたの?」
「そう、どうしても雪が行きたいって。上手かったよ。」

私の思考を先読みして、春原くんがそう付け加える。
えーー、めちゃくちゃ音痴とかだったら良かったのになあ。あの人さすがにハイスペック過ぎませんか?神様バランス間違えてますよ。

「卒業なんてまだ先だよ。今から悲しんでたら持たないよ。」
「そうだけどさあ・・・」

窓を開けて外を眺めながら、思わずため息がこぼれた。
春原くんも席を立って、隣で窓の外に手広げて伸びをする。

夏休みには夏期講習もあるし、きっと皆勉強で忙しくて遊んでる暇なんてないかもしれない。でも少しだけ、少しだけでいいからみんなで予定を合わせて花火をしよう。スイカを食べて、夏の夜を共有しよう。寒くなってきたら勉強の合間にコンビニにおでんを買いに行こう。不安な気持ちをぶつけあって、クリスマスくらいは少しだけパーティーをしよう。そして来年の春、桜をみんなで一緒に見よう。願わくば、その先も一緒に。

「・・・先の話ばっかしてる秋山に、俺も一つ。」
「ん?」
「卒業式の日。」

少し下から私の顔を覗き込んで、彼は笑う。

「卒業式の後に、話したい事がある。」
「今じゃ駄目なの?」
「駄目なの。」

ねえ、

「なんでだと思う?」
「なんでっ・・・て・・・」

私が答えを探していれば、春原くんは一度私から目をそらして窓の外を見る。しばしの沈黙の後、私の名前を呼んで。

「秋山ってさ。」
「うん。」
「本当に馬鹿だけど。」
「なんで急に悪口?」

でも、と彼が私の方に向き直る。少し眉毛を挙げた彼の口元には笑みが浮かんでいて。

「誤魔化してる時も、あるよね。」
「え・・・と・・・」
「卒業式の日は。」

私の顔に春原くんの手が伸びる。

「誤魔化させないつもりだから。覚悟しといてね、結依ちゃん。」

そう言って意地悪に笑った彼は、そのまま片手で私の口をつまんだ。ヘンナカオ、と笑って彼はそのままカバンを持って教室を出て行く。最後にまた明日、と振り返った彼はいつものような眠そうな顔に戻っていて。




「・・・なんだそれ。」

ひとり残された教室で、さっきの彼の言葉を思い出す。
顔が熱を持っているのが分かって、窓の外に顔を出して風に当たった。

卒業の事を考えると悲しくなってしまうし、将来やりたい事はまだ見つかっていない。でも夏はまだこれからだし、私の周りには大切で頼もしい友人たちがいて、これから先、忘れたくない事も忘れたい事も同じように増え続けていく。でもそれでいい、それがいい。
振り返って教室の中を見渡す。これから先、どうなっていくかなんて誰にも分からない。分からないけど。

最後に、隣の席で目がとまった。

「・・・よし。」

大きく伸びをして、深呼吸をした。窓の外をもう一度振り返って、雲一つない青空に向かって自分の気持ちを心の中でもう一度繰り返してみる。

これから先、どうなっていくかなんてわからないけど。


来年も、再来年も。
ゆるりと春風が吹く季節に、隣に彼がいればいいと思うのだ。