一日中はしゃいだ私たちは、遊園地を出る頃にはクタクタだった。楽しい事での疲労感はとても幸せに感じて、ゆっくりと日が沈んでいく街を並んで歩く。
結局園内でクレープを食べ損ねた私たちは最後に駅前のクレープ屋さんに行こうという話になっていて、大きな交差点を渡る。
「・・・あれ、春原くん。」
「え!?どこ!?!?」
反応が凄くてひびった。心臓に悪いからやめて。
大きな立体交差点の斜め前。通りの向こう側に立ってスマホをいじっている人物が春原くんに見える。
距離はあったため私の声が聞こえたわけではないだろうが、春原くんらしき人が丁度スマホから顔を上げた。あ、絶対そうだ。目が合っておーいと手を振る。
目が合った、はずなのに。
春原くんはそのまま目を逸らした。え、と思考停止している間に、歩行者信号の色が変わって一気に歩き出す。交差点の中に溢れかえる人ごみに紛れて彼の姿は見えなくなってしまった。今、ちゃんと一回目が合ったのに。・・・視力とか悪かったっけ。
私が戸惑ったまま雪緒くんの方を見れば、彼はなにやら困った顔で笑う。
「・・・雪緒くん?」
息をついた彼は困った顔のまま私の方を見て、更に眉を下げた。
「僕だって、何も気づいてない訳じゃないからなあ。」
「何が?」
「・・・なんでもないよ。ほら、クレープ食べ行こう。」
そう言って雪緒くんが歩き出す。私もその後を着いて歩き出したけど、なんとなく胸の中がもやもやしたままだった。
「春原くん、おはよう。」
「・・・おはよう。」
次の日。教室に入れば彼の姿があって少しだけ勇気をだして声をかける。
春原くんの挨拶はいつも素っ気ない。いつも素っ気ないけど、今日はさらに素っ気ない。
「昨日さ・・・。」
私が話始める前に、彼はいつものようにだるそうに目を閉じる。寝る邪魔はしちゃいけないと言葉を引っ込めるけど、その日春原くんはいつもに増して寝てばっかりだった。
「・・・あ。」
こういう時に限って教科書を忘れる。
5限の時間、教科書がないと生き延びれない現代文の時間。目を瞑っている彼にそっと声をかける。
「春原くん。」
ピクっと彼がゆっくりと目を開ける。
「ごめん、教科書忘れちゃって。」
「・・・。」
「一緒に見せてもらってもいいかな?」
いつもだったら、彼は机をくっつけて教科書を見せてくれる。結局寝てばっかりいるんだけど、でも春原くんが忘れた時もそれが当たり前だった。
春原くんが無言のまま私の手に現代文の教科書を渡してくれる。え、と声を出す暇もなく、春原くんは目をつぶって私をシャットアウトした。
じわっと視界が滲んで、バレないように慌てて拭う。いけないいけない、しっかりしろ私、今は授業中だ。
・・・でも、こんなの。
避けられてるのは明白だ。
結局その日、春原くんと会話らしい会話を交わすことは無かった。なんで避けられているのか、怒らせてしまったのか、心当たりがなくてどうしようもなく落ち込みそうになる。
それから数日間も、春原くんはずっとそんな感じのままだった。
「おーい。」
「・・・。」
「おーい、秋山さん。」
「・・・。」
「あ、き、や、ま、さん。」
急に視界に雪緒くんが映り込んできて慌てて思考を停止させる。あの日から私の頭はぐるぐる回ってばかりだ。
「今日、調理室行く日だよね。」
「あ、そうだ。」
今日は雪緒くんとお菓子を作るのだ。勇気を出したい、春原くんに手作りお菓子を渡したいという彼を手伝うことになっていて。
教室を出て調理室へ向かう。皆さんご存知の通り私は料理は得意ではない、むしろ苦手だ。特別講師美和ちゃんはもちろんお願い済み。
「だから!しっかり目盛り見て計ってください!」
「え〜いいじゃない別にこれくらい。」
「良くない!小さな誤差が命取りです!あ、あとそれ、こぼしたのちゃんと拭いといてくださいよ。怒られるの私なんですから。」
「・・・姑になったら嫌われるタイプね。」
「文句は大きい声でどうぞ??」
お互いつっかかりまくりの2人の間に入ってどーどーと落ち着かせる。最初は王子様スマイルを振りまいていた雪緒くんだが、気づけば素に戻っていて、美和ちゃんもそれを特に気にした様子もなく。
「あー!だからそれはよく混ぜて!ダマになっちゃってるじゃないですか!」
「もううるさいわね!!」
雪緒くんが持っているボウルを美和ちゃんが奪ってチャカチャカとかき混ぜる。不満そうに口をとがらせながらも雪緒くんは美和ちゃんの手馴れた手元を観察していた。
私はなんとなく察知している、この2人は合う。
そんなことを考えながら私も横でチャカチャカボウルをかき混ぜていた。今日は私は見学だけの予定だったのだが、気づけば一緒に作ることになっていた。これは自分で言い出したのだけれど。
言い合いを聞きつつ、制止しつつ、手を動かしつつ、とてつもない労力を要して完成したのはハミングバードケーキというスイーツ。雪緒くんのお母さんがよく作ってくれる、アメリカではメジャーなお菓子らしい。
ラッピングをして、これでよし!と3人で達成感につかっていたのもつかの間。
「うっうわああああ!!」
「どうしたの!?」
「くっ・・・くも!くも!!」
当然叫び出した美和ちゃん。驚いてそちらを見れば、彼女の肩の上に居たのは小さな蜘蛛で。なんだ蜘蛛か。そう思ってしまった私とは逆に雪緒くんは悲鳴をあげる。
「わ!!!蜘蛛!!!蜘蛛!!!」
「だから言ってるじゃないです!か!!」
美和ちゃん並みのパニックを起こす雪緒くん。どうやら2人とも虫は苦手なようだ。やれやれ、とため息をつきながら蜘蛛の救出へと向かった。
結局園内でクレープを食べ損ねた私たちは最後に駅前のクレープ屋さんに行こうという話になっていて、大きな交差点を渡る。
「・・・あれ、春原くん。」
「え!?どこ!?!?」
反応が凄くてひびった。心臓に悪いからやめて。
大きな立体交差点の斜め前。通りの向こう側に立ってスマホをいじっている人物が春原くんに見える。
距離はあったため私の声が聞こえたわけではないだろうが、春原くんらしき人が丁度スマホから顔を上げた。あ、絶対そうだ。目が合っておーいと手を振る。
目が合った、はずなのに。
春原くんはそのまま目を逸らした。え、と思考停止している間に、歩行者信号の色が変わって一気に歩き出す。交差点の中に溢れかえる人ごみに紛れて彼の姿は見えなくなってしまった。今、ちゃんと一回目が合ったのに。・・・視力とか悪かったっけ。
私が戸惑ったまま雪緒くんの方を見れば、彼はなにやら困った顔で笑う。
「・・・雪緒くん?」
息をついた彼は困った顔のまま私の方を見て、更に眉を下げた。
「僕だって、何も気づいてない訳じゃないからなあ。」
「何が?」
「・・・なんでもないよ。ほら、クレープ食べ行こう。」
そう言って雪緒くんが歩き出す。私もその後を着いて歩き出したけど、なんとなく胸の中がもやもやしたままだった。
「春原くん、おはよう。」
「・・・おはよう。」
次の日。教室に入れば彼の姿があって少しだけ勇気をだして声をかける。
春原くんの挨拶はいつも素っ気ない。いつも素っ気ないけど、今日はさらに素っ気ない。
「昨日さ・・・。」
私が話始める前に、彼はいつものようにだるそうに目を閉じる。寝る邪魔はしちゃいけないと言葉を引っ込めるけど、その日春原くんはいつもに増して寝てばっかりだった。
「・・・あ。」
こういう時に限って教科書を忘れる。
5限の時間、教科書がないと生き延びれない現代文の時間。目を瞑っている彼にそっと声をかける。
「春原くん。」
ピクっと彼がゆっくりと目を開ける。
「ごめん、教科書忘れちゃって。」
「・・・。」
「一緒に見せてもらってもいいかな?」
いつもだったら、彼は机をくっつけて教科書を見せてくれる。結局寝てばっかりいるんだけど、でも春原くんが忘れた時もそれが当たり前だった。
春原くんが無言のまま私の手に現代文の教科書を渡してくれる。え、と声を出す暇もなく、春原くんは目をつぶって私をシャットアウトした。
じわっと視界が滲んで、バレないように慌てて拭う。いけないいけない、しっかりしろ私、今は授業中だ。
・・・でも、こんなの。
避けられてるのは明白だ。
結局その日、春原くんと会話らしい会話を交わすことは無かった。なんで避けられているのか、怒らせてしまったのか、心当たりがなくてどうしようもなく落ち込みそうになる。
それから数日間も、春原くんはずっとそんな感じのままだった。
「おーい。」
「・・・。」
「おーい、秋山さん。」
「・・・。」
「あ、き、や、ま、さん。」
急に視界に雪緒くんが映り込んできて慌てて思考を停止させる。あの日から私の頭はぐるぐる回ってばかりだ。
「今日、調理室行く日だよね。」
「あ、そうだ。」
今日は雪緒くんとお菓子を作るのだ。勇気を出したい、春原くんに手作りお菓子を渡したいという彼を手伝うことになっていて。
教室を出て調理室へ向かう。皆さんご存知の通り私は料理は得意ではない、むしろ苦手だ。特別講師美和ちゃんはもちろんお願い済み。
「だから!しっかり目盛り見て計ってください!」
「え〜いいじゃない別にこれくらい。」
「良くない!小さな誤差が命取りです!あ、あとそれ、こぼしたのちゃんと拭いといてくださいよ。怒られるの私なんですから。」
「・・・姑になったら嫌われるタイプね。」
「文句は大きい声でどうぞ??」
お互いつっかかりまくりの2人の間に入ってどーどーと落ち着かせる。最初は王子様スマイルを振りまいていた雪緒くんだが、気づけば素に戻っていて、美和ちゃんもそれを特に気にした様子もなく。
「あー!だからそれはよく混ぜて!ダマになっちゃってるじゃないですか!」
「もううるさいわね!!」
雪緒くんが持っているボウルを美和ちゃんが奪ってチャカチャカとかき混ぜる。不満そうに口をとがらせながらも雪緒くんは美和ちゃんの手馴れた手元を観察していた。
私はなんとなく察知している、この2人は合う。
そんなことを考えながら私も横でチャカチャカボウルをかき混ぜていた。今日は私は見学だけの予定だったのだが、気づけば一緒に作ることになっていた。これは自分で言い出したのだけれど。
言い合いを聞きつつ、制止しつつ、手を動かしつつ、とてつもない労力を要して完成したのはハミングバードケーキというスイーツ。雪緒くんのお母さんがよく作ってくれる、アメリカではメジャーなお菓子らしい。
ラッピングをして、これでよし!と3人で達成感につかっていたのもつかの間。
「うっうわああああ!!」
「どうしたの!?」
「くっ・・・くも!くも!!」
当然叫び出した美和ちゃん。驚いてそちらを見れば、彼女の肩の上に居たのは小さな蜘蛛で。なんだ蜘蛛か。そう思ってしまった私とは逆に雪緒くんは悲鳴をあげる。
「わ!!!蜘蛛!!!蜘蛛!!!」
「だから言ってるじゃないです!か!!」
美和ちゃん並みのパニックを起こす雪緒くん。どうやら2人とも虫は苦手なようだ。やれやれ、とため息をつきながら蜘蛛の救出へと向かった。